第13話 魔王の言葉
黒雲が空を裂き、稲妻が縦に走った。
その下、漆黒の塔が空を刺すようにそびえ立っていた。魔王城。勇者一行がたどり着いた、旅の最終地点だった。
五人は、城門前でしばし立ち止まる。5年におよぶ旅路の終点。彼らは変わっていた。それぞれの過去を乗り越え、今ここに立っていた。
だが、彼らはまだ知らなかった。
魔王が“何者”であるかを。
「待っていたぞ、勇者どもよ」
玉座の間は広く、そして異様な静寂に包まれていた。
そこに立つ魔王の姿は、人間のようでもあり、影のようでもあった。目の奥に無限の言葉が渦巻いているような、そんな存在だった。
「言ったな、ツゲラの気配が消えた時点で――」
タクマが口を開きかけたが、その声は届かない。
「沈黙しろ」
魔王が低く呟いた。
その瞬間、タクマの口が動かなくなった。まるで声帯が凍りついたように。
「ふざけ……っ」
ドルナが叫ぼうとしたが、
「重くなれ」
次の瞬間、ドルナの足が地面にめり込んだ。鉄の塊のように身体が動かない。
「何……だと……?」
レオンが冷や汗を流しながら魔王を睨む。
「口にした言葉が、そのまま現実になる」
魔王が宣言する。
「燃え上がれ」
炎が天井から一斉に噴き出し、一行を飲み込む。防御魔法も、盾も役に立たない。
「毒に蝕まれろ」
「力を失え」
「視界を奪え」
それは、魔法ではなかった。
ルールでも理屈でもなく、ただの“言葉”が現実を塗り替えていた。
「う……ぐっ……」
リアが倒れこみ、苦しげに胸を押さえる。ヒール魔法は何の効果ももたらさない。
「オレの理論は……こんなことで……」
タクマが膝をついた。勇気を取り戻した彼ですら、何もできない。
ドルナは身体を引きずって盾を構えようとするが、すでに体は動かない。
「伝えるべきだった……もっと……」
レオンは悔しそうに拳を握りしめる。言葉が足りなかった。戦いにおいて最も重要だったのは、仲間との“共有”だったのに。
魔王が歩み寄ってくる。ゆっくりと、確信に満ちた足取りで。
「つまらんな」
「お前たちの物語はここで終わる」
そのときだった。
「……終わらせない」
ルイスが、ただ一人立っていた。冒険譚を胸に抱いて。
立ち上がる気力もない仲間を見下ろしながら、彼はそっとページを開いた。
「これまでの旅が、こんなことで終わるはずがない……」
淡々と記録してきた日々。仲間たちの姿、言葉、涙、傷。
そのすべてが、この本の中にある。
「これは、事実の羅列じゃない。魂の……記録なんだ……!」
ルイスの手に、ペンが浮かび上がる。冒険譚が淡い金の光を帯びる。
魔王が目を細める。
「無駄な足掻きだ。言葉の力は我がものだ」
「――それは違う」
ルイスは叫んだ。
「言葉は、書かれたものにも力があるって、知らなかったんだな」
空気が震えた。
金色の風が吹き抜ける。
「これは、物語だ」
「まだ終わらない。仲間たちがここまで歩んできた記録だ」
「それを、僕が……“未来”につなぐ――!」
冒険譚が強く光を放つ。
それは、ルイスが紡いだ言葉の力。
彼の魔法が、今、世界に影響を与えはじめた。それは、この魔法世界にも存在しなかった魔法。感情がこめられた文章をエネルギーとして発動する。後に、文学魔法と呼ばれるものを、ルイスは直感から発動した。
光が仲間たちを包む。全身にしびれるようなエネルギーが走る。目を開けたタクマは、己の手からほとばしる炎を見て息を呑む。
ドルナは、床に転がる盾を拾い上げる。その感触が、生きているように感じた。
レオンは、仲間の心の声が聞こえた気がした。いや、聞こえている。
リアは、魔王の体の色を見た。魔王の体はどんな成分でできているのだろう。
――皆、気づいていた。
何かが、変わった。
ルイスがページを閉じると同時に、勇者一行は反撃に転じた。
言葉ではない力が、ついに魔王に抗う準備を整えたのだ。




