第11話 変わりゆく運命
森の空気は重かった。湿っているわけではないのに、胸の奥にぬるりとしたものが張りついている。
ダンジョンを出て、二日目の朝だった。
僕はパーティーから離れて、ひとりで歩いていた。
言葉が届かない感覚は、ずっと前からあった。でもここ最近、それが確信に変わった。
「召喚士なんて、地味で役立たずだ」なんて言われたことはない。けれど、誰も僕に期待はしていなかった。タクマは自分でなんでもできるし、リアは僕の召喚術より文字の方に興味がある。
リアは最近、寝る前にいつもせわしなく書き物をしている。自分の使える魔法を書き出しているらしい。書き出すことで共通点が見えてきて、何か思いつきそうと言っている。
レオンはたぶん、誰より僕の力を理解してくれているけど……彼の言葉は、やっぱり短すぎて、意味がわからない。
だから僕は、冒険譚を書く。言葉が通じないなら、せめて文字で残そう。
今朝の出来事も記録した。
《ルイスの冒険譚・抜粋》
ダンジョンを出て六日目の朝。森の分岐点にて議論。
レオンは「森を進むべきだ」と言い、タクマは「川沿いが早い」と主張。
結局レオンが折れ、川沿いルートを進むことに。
ルイスはその直後に、パーティーを離れた。
《抜粋ここまで》
記録は冷たい。けれど、確かなものだ。
その晩、一人きりの焚き火の傍で、僕はふと昔の童話を思い出していた。
何かを伝える方法は、本当にこれしかないのだろうか?
みんなは無事だろうか。今ごろ何をしているのだろう。
《ルイスの冒険譚・抜粋》
その夜、パーティーは襲撃を受けた。現れたのは、細く異形の姿をした魔物──名をコゲラという。
黒いローブを纏ったその存在は、音もなく木の枝から降り立ち、フードの下から鈍い光の瞳を覗かせた。
「もうルイスはいないぜ。やれるのか?」
「うろたえるなタクマ。やるしかない。」
とレオン。
コゲラが口を開いた。
「見せてあげましょう、あなた方の“真実”を」
その囁きとともに、ドルナの瞳が虚ろに染まった。
彼女は幻術に囚われていた。
過去。幼少期。斧を手にしても笑われた日々。
「女が戦士? はっ、冗談だろ」
「女は鍋と子を守るもんさ」
──その言葉を噛み砕きながら、彼女は斧を振るい続けてきた。
幻の中で、父の幻影が言う。「お前には無理だ。我らはドワーフの一族。ドワーフは男しか戦士になれない」
ドルナの手から、斧が滑り落ちる。幼少期のドルナの手から。現在のドルナの手から。
その瞬間、レオンが彼女の前に立った。
「……コゲラとやら。お前のその言葉、俺たちには通じない」
レオンの声には、かすかな輝きが宿っていた。
リアは目を見開いた。声に輝き?魔法?リアのヒールに少し似た感じがする。
レオンの言葉でドルナにかかった幻術の鎖がゆっくりとほどけていく。
コゲラは動揺し、次の幻を仕掛けようとした。しかし──
「幻術なんざ、物理で叩き潰せばいい」
レオンの剣が、真っすぐにフードの奥を貫いた。
コゲラは崩れ落ち、影のような霧となって森の奥へと消えた。
だが、すぐに新たな魔物が現れた。小型の獣型魔物。力は弱いが現れたタイミングが悪かった。
回復中だったリアは不意を突かれ、対応が遅れた。
「リア、下がれ!」
タクマの声が飛ぶ。タクマは魔法を詠唱しようとする。しかし詠唱が間に合わない。足下に拳ほどの大きさの石。タクマは咄嗟にその石を掴んだ。
そして──叩きつけた。
初めての、魔法ではない戦い。この魔法世界に転生してきて初めてだ。いや、元の世界でも力で相手を倒したことなんてない。
獣が呻き、地に伏した。
タクマはしばらく石を見つめ、それからにやりと笑った。
「オレ、戦えんじゃん。……案外、悪くねぇな」
コゲラとの戦いのあと。コゲラの背後に洞窟を見つけた。その奥で一行は一つの宝箱を見つけた。はしゃぐタクマ。慎重なドルナ。
中にあったのは──伝説の盾。
レオンが一向に説明する。この盾は、どんな攻撃も受け止める力を持つが、一方で装備者の攻撃力を大きく下げる。
レオンは元々力がそれほど強くない。一行は、レオンが装備するものだと思った。これで全体の防御がかなり安泰になり、ドルナが攻撃に転じることができる。
しかし…レオンは、ドルナにその盾を渡した。
「俺より、お前の方がこの盾を使いこなせる。そうだろう?」
盾を見つめるドルナの瞳に、一瞬だけ迷いが灯った。けれど、彼女はすぐに頷いた。
「でもそれじゃあ、せっかく今まで鍛えてきたドルナの力が…」
タクマの言葉にドルナは首を振った。
──守ることも、戦うことなんだ。
この夜、誰も口にはしなかったが、仲間たちの中で何かが確かに変わり始めていた。
消えたルイス。
変わりゆくドルナ、タクマ。
そして一行は進む。
《抜粋ここまで》




