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第10話 夢と物語の合間で

 ダンジョンに入ってから、僕は焦っていた。


 レオンの心臓が止まり、リアが泣いて、タクマが勇気を振り絞って、奇跡が起きた。あの日から、みんなが少しずつ変わりはじめている。


 でも、僕だけは――


 記録しか、できないままだ。



 このダンジョンは奇妙だ。入り口は古代遺跡のような石造りで、内部は静かで、どこか夢の中にいるようだ。トラップの存在は確認されていたが、特別な魔物もおらず、一見すれば安全そうな空間。


 そんな時だった。


 僕の足元で、床が沈んだ。


「わっ……!」


 まばゆい光。意識が遠のく。


 誰かの声が聞こえた。


 そして――僕は、夢の中にいた。



 目の前に、子供がいた。8歳くらいの、黒髪の男の子。


「……タクマ?」


 隣に、同じように驚いた顔をしているタクマがいた。


「マジかよ……ルイスも一緒に来たのか。トラップのせいで、記憶が混線したな。信じられるか?そこにいるのは子供時代のオレだ。地球っていう元の世界のな。」


 子供のタクマは、部屋の隅で本を読んでいた。異国、いや異世界の部屋。壁は石でできているのだろうか?頑丈そうだ。本の表紙には、僕には読めない文字が並んでいる。


 でも、内容は……不思議と、伝わってくる。

「この子、本を読んでるね。知らない文字だけど、なぜか内容がわかる。」

「オレには読めるからな。オレの記憶が共有されてるのかもしれない。」


 本の内容――一輪の花を大切にする王子。飛行士との対話。心の奥にある何かを静かに揺さぶる言葉たち。


「この本は一体…? この本の中に出てくる王子は、君たちの世界に実在したの?」


「いや、これは“創作”だ。全部、作り話。なのに……本当のことみたいに思える。オレ、ガキの頃これ読んで泣いたんだよな」


 タクマの声がどこか遠く感じた。

 心のどこかが、温かくも痛くなる。


「こんな文章……僕の世界にはない……」


 僕は思った。

 僕たちの世界では、“記録”とは事実を淡々と書きとめるもの。けれどこの“本”は、まるで心の声そのものだった。



 目が覚めた。


 ダンジョンの中。柔らかな光がさしている。幻想的な空間だった。


 タクマも、目を覚ましていた。


「……ルイス、お前、あれ見てどう思った?」


「……僕の文章は、足りてなかった。ずっと。感情を……、風のにおいや、肌に触れた冷たさを、誰かの目に映った光を、全然書いてなかった……」


 タクマは笑わなかった。ただ、静かにうなずいた。



 意識がはっきりしてきた。僕たちの横で、誰かが倒れていた。


「ドルナ!?」


 リアがヒールをかけている。うわ言のように、ドルナが何かをつぶやいていた。


「私……もっと強くならなきゃ……誰かに頼っちゃ、いけない……私が守らなきゃ……」


 彼女の斧は、石壁に立てかけられ、握られていた手には赤く食い込んだ痕。


 「一人でずっと斧の素振りをしていたんだ……きみたちが眠ってる間も」


 レオンの声がかすれた。



 その夜、焚き火を囲んで僕たちは夕食をとった。レオンが火を見つめたまま、口を開いた。


「今日のルート、最初に危ないって言ったのに、誰も気にしなかったな」


「レオン、言ってた?」とリア。


「……言ったよ」


「でも、全然わからなかったよ」


 レオンは黙った。


「もっと、説明してくれれば……」

 僕も思わず口をはさんだ。


 レオンは、何かを言いかけて、やめた。


 その背中が、小さく見えた。



《ルイスの冒険譚・抜粋》


 石の廊下。踏み込んだ一歩で、意識が落ちた。

 夢の中で、ルイスはタクマの記憶を見た。

 本の中の物語。感情。風。色彩。

 それは事実よりも、本当のことに思えた。

 物語は、真実になりうる。

 ルイスは、書き方を変える。伝えるために。


《抜粋ここまで》

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