3.時間停止
一瞬、蝉の声も扇風機の音も止んだ。
アレ?と思う間もなく、すぐ近くでグラスの割れる音がした。
ハッとして目を開くとやたらに眩しい光が飛び込んでくる。シパシパと瞬きを繰り返すと、足元でドサッという音がする。
「…え?」
音がした方を見て驚愕した。
中世貴族のような格好をした女の子が倒れている。初めて見る、いや、違う。知らないはずなのに、自分は彼女が『モニカ・ゲリーニ』だと知っている。
本を持っていたはずの手にはグラスがある。袖口は幾重にも重なったフリル。息苦しい程のコルセット。知らないはずなのに、確かに知っている。あるはずがない記憶ある。
待って待って待って!
声も出せずに目を見引いた加奈だったが、目の前のモニカの口から赤い液体が零れ出たところで堪らず声を上げた。
「いや、待って!タイム!ストーーーップ!!」
これは夢!?そうだ、そうに違いない。
ギュッと目を瞑った加奈はそう思いたかったが、あまりにも生々しい『ラファエラ・ベルティーニ』としての膨大な記憶が流れ込んで来てパニック状態になった。
流行りの異世界転生?転移?私死んだの!?まさかなんで、よりによって!
死んだ記憶など全くない。自分は古本屋で本を読んでいただけだ。何なら眠ってもいない。それなのに何の説明もなく、よりによって不遇極まりないラファエラだなんて…!
神に祈ればいいのか、神を恨めばいいのか。とりあえず「じぃちゃん〰〰〰!!」と呪ってみる。もっと禿げろ。
しばらく現実逃避した後、何度か意識して呼吸したところで加奈は初めて異変に気づく。異変も何も、加奈にとっては全てが異変ではあるのだが、妙に静か過ぎる。
この後は悲鳴やら怒号やらで聖女がお出ましになるはずじゃ…?
そろそろと目を開けてみて更に驚く。
「は?いや、そんな事ある?」
加奈以外の全てが止まっている。人も、物も。入掛けのワインは宙に浮いたままだ。全てが、文字通り時を止めていた。
「…ははっ。」
驚き過ぎると人は冷静になるらしい。三週半くらい回った驚きの後、とりあえず諦めたように笑った加奈は現状を受け入れた。いや違う、ヤケクソだ。
「よし、じゃあまずあれでしょ。ステータス・オープン!」
半笑いで白目になりつつそう叫ぶと、予想通り空中に画面が浮かび上がった。
「喜んでいいやら何が何だか…。」
とりあえず画面を覗く。
『ラファエラ・ベルティーニ(16歳)
筆頭公爵家長女。王太子(第二王子)リカルドの婚約者。性格:清純、温和、真面目、、努力家。
容姿:シルバーブロンズの髪、碧眼。スリーサイズ…』
細かな設定をひたすら読んでいくと最後に『特殊能力』の文字とその横に『鑑定・時間停止2/3』と書かれている。更にその横でカウントダウンされている数字が見える。残りは8分と少しだ。
「時間停止…?あ~さっき叫んだので発動したって事?このカウントダウンはたぶん残り時間とかかな?で、2/3は?使える回数とか…?」
時が止まっている現状は何とか解明した。でもそれだけだ。理由は分からないがあの駄作の中に自分はいるらしい。このままだとラファエラはバッドエンド一直線だ。
「残り8分で何とか手がかりを見つけないと!」
加奈は握りこぶしを作って気合いを入れた。