2.古本屋
パタンと本を閉じた清野加奈は眉間に皺を寄せていた。
「う〰〰〰〰〰ん…。うん、うん?うー。」
こめかみに指をあて、分かりやすく悩む。滲む汗をもう片方の手で気休め程度に扇ぐ。扇風機も蝉もうるさくて考えがまとまらない。
ここは町外れの古本屋だ。部活に明け暮れた夏休みも終盤、焦って始めた宿題も残りは読書感想文だけとなった加奈が、図書館へ行こうと準備していたところ祖父がこの店を勧めて来た。
「あそこは滅多に人が来ない。珍しい本も多いし、古い知り合いだから買わなくてもいいぞい。」
それはどうなの?と思いつつ、図書館で知り合いにあったりすれば面倒だなと思った。そもそも高校生にもなって読書感想文て。ブツブツ言いながらも、加奈はこの店に来たのだった。
滅多に人が来ないとは聞かされていたが、周りには本当に何もない。木々に隠れたここに店などあったのだと加奈は初めて知った。
営業中の看板から何とかお店としてわかる程度の店内に入れば、優しげな店主が穏やかに挨拶をしてくれ、すぐに居眠りを始めた。店の一角にはテーブルと椅子が設置されており、客は自由に使って良いシステムになっている。エアコンはないが木々の影と通り抜ける風、古い扇風機で耐えられないほどではない。小さな冷蔵庫にはご自由にどうぞの張り紙と中には麦茶が入っている。
タイムスリップしたような場所だが、思いがけず居心地のよい空間だ。ただ、商売をする気はないらしい。主に防犯面など色々と気になる事は多いが、とりあえず加奈は面白そうな本を探し───そうして読み始めたのが今、目の前にあるこの本だ。
「やっぱりおかしいなぁ…。読み飛ばしもないし、ページの抜けもない。伏線回収し忘れ?いやでもそんな事ある?」
本をひっくり返したり、ペラペラ捲ったりしながら加奈はうーん、うーんと唸っていた。
この本を読み始めたのは、小難しい漢字の羅列された本が並ぶ中で、唯一比較的読みやすそうだったからだ。開いてみれば異世界モノで、こんな古本屋に謎、と笑いながらもうっかり読み始めていた。
内容はありがちな聖女モノだ。病気の第一王子、俺様の第二王子とその婚約者。そこに見目麗しい聖女が現れる。彼女はその能力で第一王子を癒し、第二王子は一目惚れ。婚約者は聖女を害そうとし失敗。第二王子と聖女のハッピーエンド。
と、いう流れなのだが、妙に引っかかった。そこでクライマックスとなる毒殺未遂事件の所を読み直してみたが、分からなくなるばかりだった。
「ラファエラは否定してたのに、俺様王子の一声で?結局証拠不十分になったのに?虐めの描写も微妙だし…ラファエラ普通にいい子じゃん?」
一度は拘束されたラファエラは、その後証拠不十分で釈放されている。調査協力だったという名目で体面は保たれたが、それでも婚約は解消され、国内に居づらくなったラファエラは他国へ嫁いでいる。
毒殺未遂事件はリカルドが明らかな悪役描写な上、解決どころかその後の調査もおざなり。聖女への虐めもサラッと書かれたのみで、第二王子と聖女がすんなりハッピーエンドも気に入らないし、回復した第一王子にはもっと活躍して欲しい。何より最も加奈を悩ませているのは、連行されるラファエラを見送る男について何も書かれていないことだ。
「こんな意味深な感じなのに?もう超気になる。誰なの!?コレ。もー!」
駄作だ。間違いない。
これでは感想文が疑問符だらけになりそうだ。もう一冊、別の本を読もう。有名なタイトルのヤツにしよう。時間を無駄にしたあげく、モヤモヤだらけなんて最悪だ。
本を戻そうと加奈は立ち上がった。本の表紙には悲しげなラファエラが描かれており、やはりモヤモヤしてしまう。そんな気持ちを吐き出すように、加奈は目を瞑って長いため息をついた。