第2話(3) ギルド登録は爆臭と共に
セリアの豊かな胸元が、ギルドのカウンター越しに「どーん」と主張している。
「それで……この依頼を受けたいと?」
微笑むセリアは、笑顔こそ清楚だが、そのお胸はどう見ても反則だった。もはや武器。スキル。魔導具。
「……重力、歪んでないか?」
「スメル、いま余計なこと考えたな?」
「俺はただ……セリアさんの胸囲の話を……」
ティナが地面に落ちていた木の杖を拾い、ボンッと振り上げる。
「ボンッて音してるじゃねえか! 物理じゃねえの!」
「うるさい! そこの“お胸”に目を奪われるなんて男の風上にも置けない!」
そのとき、セリアが優雅に一歩、前へ出た。
「ふふ……お二人とも、お胸がそんなに気になりますか?」
「うぐっ……」
爆裂詠唱より破壊力のある問いに、ティナが目に見えてたじろぐ。スメルは……スメルで既に思考がフリーズしていた。
セリアは微笑を崩さない。
「でも、私のサイズは秘密なんですよ。ふふ……一応、ギルドの看板ですから」
その言葉とともに、彼女は胸の前で指をスッと立てた。
なにが始まるのかと思えば――
「ちなみに、私のお胸はスキル《重力調整:局所》で日々調整しております」
「スキル使ってたああああ!?」
「物理法則に抗ってたのかよっ!」
騒ぐティナとスメルに、セリアは涼しい顔で書類を差し出す。
「では、依頼の詳細はこちら。重量級依頼、ですね」
「お胸の話の流れで“重量級”って言うな!!」
その瞬間、ギルドの奥からどよめきが聞こえた。
「出たぞ、“セリア砲”!」「ティナがまた凹んだ!」「スメルの鼻血ライン突破!」
「くっ……くやしい……わたしだって……成長期、これから来るんだからっ!」
ティナは思いっきり胸を張ろうとするが――当然、張れるものもない。
その勢いで体勢を崩し、スメルに倒れ込んで――
「うわっ、ちょ、おま……! 顔面に、顔面にくるなって!」
バタン。
ティナがスメルの顔にダイブし、ふたりの姿がカウンター下でごちゃごちゃに。
ギルド中が爆笑に包まれた。
「……さすがは爆臭ペアだな」
セリアがぽつりと漏らす言葉に、笑いがさらに湧き上がる。
スメルとティナは顔を真っ赤にしながら、ギルドの床から這い上がった。
「ち、ちがう……これは、事故だ!」
「み、見てないよな!? 誰も何も見てないよなっ!?」
そんなわちゃわちゃなふたりの横で、セリアは淡く微笑みながらこうつぶやいた。
「ふふ……いいですね。あなたたち、面白い物語をくれそうです」
その言葉が、どこか深く、意味ありげに響いた。
ティナの目がピクリと動き――
「……“スキル”の気配、また強まってる」
ギルドの奥。まだ見ぬスキルと、未知なる依頼が、二人を待っている。
爆臭と詠唱の冒険はまだ始まったばかりだ!
――――――――――
セリアの笑顔は、太陽のように眩しかった。
「ふふっ、依頼は簡単な討伐よ。ウチのギルドで言えば、初心者向けの“スライム三姉妹”討伐ね」
「スライム……三姉妹?」
ティナの眉がピクリと動く。スメルもピクリと動いた。なぜなら彼らは知っていた。スライム界において“姉妹”と名がつくものは──。
「──ノーブラだったり、謎に潤ってたり、やたらと強いッッ!!」
「な、なんでそうなるのよぉ!? こっちはちゃんとした依頼内容読んでるだけなのにーッ!!」
ティナがテーブルをバンと叩いた。セリアはケラケラ笑っていたが、視線が“下の方”へ吸い寄せられていくスメルを察知し、クイッと胸元を押さえた。
「ねえスメルくん。どこ見てるのかしら? 私の“スキルランク”がそんなに気になる?」
「おっと……セリアさんのその二つのスキルは、どう考えてもSランク超えッス……!」
「やかましいッ!!」ティナのゲンコツが炸裂。スメルの頭部から小さく“スキル煙”が噴き出した。
***
スライム三姉妹との戦いは、意外にも壮絶だった。
第一の姉・プル子は、ぬめりすぎて武器が滑る。第二の姉・ドロ美は、物理無効の液状体。第三の姉・バブルンは、急に“バブルダンス”を踊り始め、ティナの集中を乱す。
「ちょっとォ、なんでバブルンって名前で踊れるのよぉ!? 意味不明よぉ!」
「でも、意外とリズム感あるぞティナ!」
「スキル詠唱中にバカなこと言わないでッ!!」
その時、ティナの詠唱が変化した。素数を数えるように、震える声で。
「集え、集え、集え……穿て、穿て、穿て……爆ぜろ、“幾何爆裂式・素数円陣”ッ!!」
光の魔方陣──いや、“幾何学図形”が虚空に浮かび上がった。バブルンのリズムもろとも、爆裂の衝撃が辺りを吹き飛ばした。
スライム三姉妹は、完全に“お胸型”の粘体になって吹き飛んでいった。
***
「──よくやったわ、二人とも」
ギルドに戻ったセリアが、ティナとスメルに労いの言葉をかける。
「でも、あの……そのスライム、倒した後に持って帰ってこなかったの?」
「べ、べつに持って帰ってどうするのよ!」ティナがわたわたと答えた。
「だって、あれ……素材が“弾力スライム”で、下着の内側に入れるとバスト補正できるのよ?」
「な、なによそれぇぇぇええええ!? 私の小さき希望のために、全力で討伐すればよかったじゃないッ!!」
「まさか……セリアさんの、それって……」スメルが胸を見ながら呟く。
「そう。ギルド公認“戦闘補正スライム・ぷにえもん”。貴重よ?」
「セリアさん、胸までバフってたなんて……最強じゃないスか」
「そういうこと言わないでェェッ!!」ティナが涙目になって爆裂する直前の顔をしていた。
***
その夜。
宿屋の部屋、布団に入ってもティナの怒りは収まらない。
「うぅぅ……私は……私はね、努力型ヒロインなのよっ! だから、そ、そっち方面でも成長できるって……信じてるんだから……!」
「ティナ……」スメルの声が優しかった。
「何よ……からかわないでよね」
「……大丈夫。俺が1001回“ありがとう”って言ってやるから」
「へ?」
「そうしたら、1001因果式が発動して、“理想のバスト”が手に入る……かもしれない!」
「ふざけんなああああああああああああああああああああ!!!」
深夜、爆裂音が宿屋の屋根を吹き飛ばした──。
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「なんで、なんで……ッ! この距離感でッ! 跳ねるのよぉおおおおおおおおおお!!」
ギルド受付カウンターの天井が震えた。
「し、仕方ありませんわ。セリアさんのその……その、胸囲は……」
「言わせないでよ!? 自覚あるけど言わせないでよ!? ああもう! このギルドの制服、罠じゃない!?」
ぷんすか怒りつつも、その肘の動きが全然優雅じゃないのがティナだった。
「落ち着けティナ、お前は今、嫉妬心でスキル覚醒しそうなオーラを放ってるぞ!?」
スメルが慌てて脳内に語りかけるも、ティナの瞳孔は半分ハイライトが消えていた。
「……嫉妬? 違うし。全然違うし。ちょっとこう……あれよ、許容量の問題というか」
「何がどうなって許容量だよ!? もうなんか語彙までやられてるぞ!?」
そうこうしているうちに、件のセリア嬢が、しれっと微笑みながらやってきた。
「ふふっ、ティナちゃん。案内してあげるわ。ギルドでの依頼の基本、トレーニング試験もね」
「うぐっ……どこにそんな重さを抱えているのに、そんなスムーズに歩けるのよ……」
「えっ、なになに? “重さ”? “抱えてる”? あらやだ、ティナちゃんってば、すっごく素直~♪」
「ぎゃああああああああああああ!! 誰かこの空間から私を消し去ってえええええええええ!!」
そして、ティナは全力で走り去った。
その後ろ姿を追いながら、ギルド内の冒険者たちがざわつき始める。
「今の嬢ちゃん、なんだ? 泣いてんのか?」
「いや、たぶん羞恥に耐えきれなかっただけだろ」
「なんかあいつ、面白ぇな。ちょっとファンになったわ」
それを聞いたスメルは、どこか誇らしげに――
いや、ほんのり汗臭く香りながら、微笑んでいた。
(よし、今日も“ありがとう”は一つゲットだな。目指せ、1001粒……!)
画面は、揺れるセリアの胸をバックにフェードアウト。
次回、ティナとスメルの「地獄のトレーニング試験」編、開幕!