被害者との対面と本気の謝罪
幸太郎はロゼッタとルイーゼを伴って馬車に乗り、王都の外れに向かって揺られていた。
「こういう細かい場所移動、ゲームだと一瞬なんだけどな。実際は時間かかるもんだな……」
そんな独り言をこぼすと、運転手席にいるロゼッタが「何か言った?」と振り返る。
「いや、何でもない。体が重くて腰が痛いだけ……」
ルイーゼがふと笑みを浮かべて、後部シートから乗り出してくる。
「あなた、本当に奇妙な物言いをするのね。まるで別の世界から来たみたい」
「……まぁ、そんなところかもしれないさ」
ごまかすように応じながら、幸太郎は教会のほうに視線を向けた。
午前の日差しが差し込む中、古びた石造りの教会が見えてくる。
馬車を降りると、外観はかなり静かで人気がなさそうに見えたが、中に入ると薄暗い礼拝堂があり、奥の方に一人だけ人影が見えた。
「女性かな……?」
ロゼッタが先に足を進め、軽く周囲を警戒している。
ルイーゼは扇子を閉じて胸の前で構えている。
幸太郎は二人の後ろをついていくような形になったが、礼拝堂の木のベンチに腰かけている人物がはっきり見えると、その胸が騒ぎ始めた。
(もしかして……この人が、俺に恨みを持つ女性なのか?)
声をかけるべきか迷っていると、相手の女性がこちらに気づき、さっと立ち上がる。
「……あなたは……?」
髪を一本の三つ編みに束ねた、やや疲れた表情の若い女性。
幸太郎は深呼吸し、ゆっくりと近づいていく。
「俺、カガミ・コウタロウ……いわゆる鬼畜オヤジって呼ばれてた男だ。君は……俺に何か恨みを持っているって聞いたんだけど、違うかな」
女性は一瞬困惑したように視線を落とし、唇をかすかに震わせた。
「あなたが……? でも、想像していたより……ずっと普通というか……」
「昔は、そりゃもう酷かったらしい。でも、いまは本気で改めたいと思ってる。もし君が俺に恨みを抱いてるなら、謝りたいし、償えるなら償いたい」
言葉を絞り出すように伝えると、女性は目を伏せて肩を震わせ始めた。
「私……たしかにひどい扱いを受けたんです。だけど、それが本当にあなたがやったことなのか……正直、すごく変わってしまったように見える。どうしたらいいのか……」
ロゼッタとルイーゼも、遠巻きにその様子を見守っている。
幸太郎はそっと女性に近づいて膝をつき、その目をまっすぐに見つめた。
「過去がどうであれ、君が苦しんでるなら、それは事実だ。全部は取り戻せないかもしれない。でも、俺に何かできることがあるなら言ってほしい。怒りでも何でもぶつけてくれ」
「……本当なら、こんなこと言われても信じられない。でも、あなたの口調や雰囲気からは、昔の恐ろしさが感じられないの。なぜ……そこまで変わることができたの?」
「俺にもわからない。もしかしたら、別の場所から来て、生き直そうって決めたからかもしれない。だけど確かなのは、もう二度と女性を傷つけたくないって気持ちがあること。それだけは本当だ」
女性は少し涙をにじませながら、かすかに微笑むように顔を歪めた。
「そう……今のあなたが憎いわけじゃない。でも、私の心にできた傷は簡単には消えない。だから、もう少し時間が欲しいの」
「もちろん。無理に忘れろなんて言えない。何かあれば、すぐに俺に言ってくれ。もし俺に償えるものがあったら差し出すし、何か協力できることがあるならやりたい」
女性は震える手を伸ばし、幸太郎の手にそっと触れる。
「その言葉が……本当に嘘じゃないって、少しだけ信じてみる。もうあなたは鬼畜なんかじゃなくて……ただの人かもしれない、って」
幸太郎は胸がいっぱいになるのを感じながら、ぎゅっと女性の手を握った。
周りで見守っていたロゼッタは表情を少し柔らかくし、ルイーゼは扇子をぽんと開閉して微かに微笑む。
「とりあえず、会えてよかったわね。まだいろいろ問題は山積みだろうけど」
ロゼッタが低く呟き、幸太郎はほっとした息を吐いた。
「ありがとう……そして、絶対に、もう誰も泣かせないって誓うよ」
礼拝堂の木漏れ日の下、彼の決意はかつての“鬼畜”の面影を、さらに遠ざけているように見えた。