貴族の訪問者ルイーゼと被害者への手がかり
ルイーゼが屋敷の各部屋を見て回る様子を、幸太郎は黙って見守っていた。
「ふむ……床のホコリもだいぶ減ってるし、家具も綺麗に磨き直されているようね。昔は酒瓶やら何やら散乱していたと聞いたけれど」
彼女が指先でテーブルをなぞりながら呟く。
ミウは少し緊張した様子で、その横に控えていた。
「ご主人様がこまめに掃除を頑張っているんです。私たちメイドも手伝って、なんとか今の状態になりました」
「はぁ、メイドさんが守ってくれてるなんて、ずいぶん信頼されているのね」
ルイーゼがちらりと幸太郎を見やる。
彼は苦笑してかぶりを振った。
「信頼というか……俺が無理を言って手伝ってもらってるだけだよ。まだまだ汚名は消せそうにないけど、せめて屋敷くらいは綺麗にしようと思って」
彼女は顎に手をやって小さくうなずく。
「なるほど。言葉だけは誠実そうじゃない。けど、あなたは以前の持ち主と違う人だ、なんて噂があるけど? まるで別人になったようだと。自分でも何か思い当たるの?」
幸太郎は一瞬言葉に詰まったが、どうにも言い逃れできそうにない。
「そう……俺は、過去に大きな衝撃を受けて、考えが変わったんだ。だから、今はそんな鬼畜まがいの行いは絶対したくないって心から思ってる」
「あなた、それを信じてもらうのは相当骨が折れるわよ。周囲はまだ昔の所業を知ってるわけだし」
「わかってる。でも、何もしないで嫌われ続けるより、今こうして行動して誤解を解いたほうが……」
言いかけたところで、廊下のほうから軽やかな足音が近づいてきた。
「ご主人様、ここにいらしたんですね」
姿を見せたのはロゼッタ。騎士の制服姿で、書類を手にしている。
「ロゼッタ? どうしたんだ」
「あなたに報告があってね。例の女性……“鬼畜オヤジ”に恨みを持っていると言われた彼女のこと、少しわかったかもしれない。騎士団の情報に断片的だけど手掛かりがあったわ」
幸太郎は思わず身を乗り出した。
「本当か? 一体どこにいるんだ」
「そこまではまだはっきりしない。でも、近いうちに街外れの教会へ行くって話が出ているらしいわ。もし本当にその女性が関係者なら、行けば会えるかもね」
彼女は書類を軽くめくって見せる。
「あと、さっきギルドの人から話を聞いたところ、その女性が“一度だけでも直接話したい”と悩んでいた形跡があるって。まぁ、この情報が正確かは微妙だけどね」
幸太郎は大きく息を吸い込み、心の奥で決意を固めるように視線を落とした。
(やっと話し合いの可能性が見えてきた……ここで逃げずに向き合ってこそ、俺の汚名返上も近づくはず)
「ありがとう。俺、その教会へ行ってみる。会えるかどうかはわからないけど、チャンスがあるなら逃したくない」
「まぁ、焦ってまたトラブルにならないようにね。私も同行してもいいわよ」
ロゼッタがそっけない口調で肩をすくめると、ルイーゼが横から興味深そうに口をはさんだ。
「何か面白い話をしてるみたいじゃない。鬼畜オヤジの過去の被害者と会う? あら、これはなかなかドラマチックね」
「あなたは……」
ロゼッタがルイーゼに目をやり、少し警戒したように眉を寄せる。
「私はルイーゼ。公爵家に近い親戚筋の者よ。あなたが騎士団で有名なロゼッタ・ブライトね。お噂はかねがね」
ロゼッタは少し面倒そうに目を伏せる。
「公爵家ってことは、アリシア様の関係者? なるほどね。あなたが彼を調べにきたわけか」
「ええ、そうなの。もし“鬼畜オヤジ”が本当に改心したなら、アリシア様にとっても無視できない存在だもの。私としても真実を確かめたいの」
ルイーゼは扇子をたたんでにっこり笑うが、その目は相変わらず鋭い。
幸太郎は苦い顔でそれを聞きながら、ロゼッタに向き直った。
「俺、教会に行ってその女性を探してみるよ。ロゼッタ、もし同行してくれるなら心強いけど……」
「いいわ。私も仕事の一環として、あなたを監視しに行くのも悪くないし。何かあれば止めるから」
するとルイーゼが、まるで面白いおもちゃを見つけた子どものように手を叩いた。
「それなら私もついて行こうかしら。どのみちアリシア様に報告しておきたいし、あなたの行動も見ておきたいし」
幸太郎は一瞬ためらったが、この人に変に隠しても後々トラブルになりそうだ。
「……わかった。じゃあ一緒に来てくれ。ミウ、少し屋敷を頼んでいいか」
ミウは少し寂しそうな表情を浮かべながらも、頷いて返事をする。
「はい。気をつけて行ってきてくださいね。私もここでお祈りしておきますから」
彼女の温かい言葉に、幸太郎は胸が少しだけ軽くなるのを感じた。