地道な好感度アップ
それから数日後の朝。
幸太郎は屋敷の庭で、張り切って木々の剪定に励んでいた。
「ふう……掃除もなんとか形になってきたし、庭も少しは手入れしてみるか。こういう地道な努力が好感度につながるって、ゲームで学んだし」
独り言をつぶやきながら、彼は枝を整えていく。
すると、後ろから軽い足音が聞こえ、振り返るとミウが笑顔で立っていた。
「ご主人様、朝食の用意ができましたよ。外にいると気持ちがいいですね」
「おお、ありがとう。すぐ行くよ」
彼が手を止めると、ミウはふと庭の花を見て首をかしげた。
「そういえば、ここにある花、もう少し日当たりがよい場所に植え替えてあげたほうがいいかもしれません。私、お手伝いしてもいいですか?」
「うん、助かる。俺、園芸は初心者でさ」
そう言って笑い合っていると、屋敷の門のほうで控えめなノック音がした。
ミウは小走りで門へ向かい、しばらくしてから困ったような顔で戻ってくる。
「えっと、ご主人様に会いに来たお客さんがいるんですけど……大丈夫でしょうか」
「客? 俺に?」
「はい。なんだかドレスを着たお嬢様で、とても目つきが厳しそうです」
それを聞いた瞬間、幸太郎は嫌な予感を覚えながら額の汗をぬぐった。
「まさか……アリシア……が直接訪ねてくるなんてことはないと思うけど……行ってみるか」
玄関まで行くと、そこには華やかなドレス姿の女性が腕を組んで立っていた。
アリシアとはまた違う雰囲気だが、見るからに高貴そうな雰囲気が漂っている。
「あなたがカガミ・コウタロウ……通称“鬼畜オヤジ”ですか」
上から見下すような鋭い視線に、幸太郎はごくりと喉を鳴らす。
「ええと、一応。いまは普通の……紳士を目指してるつもりですが」
「ふん、紳士ですって? 噂とずいぶん違うわね。私はルイーゼと申します。公爵家の親戚筋にあたりまして……このあたりの事情を調べていたら、あなたが悪名高いと聞いて気になったの」
彼女は鼻を鳴らして、じろりと幸太郎の顔を見回す。
「でも、聞いた話ほど……うわべだけではわからないものね。屋敷も思っていたより清潔になってる」
「え、ああ、ありがとうございます。多少は掃除を頑張ったので」
「掃除程度で貴族の名誉が回復するなんて甘くはないと思うけど、意外と実直なところもあるのね」
幸太郎は言い返せずに苦笑する。ミウも少し離れた場所で彼を心配そうに見守っていた。
「で、要件というのは……何なんでしょうか」
「要件? そうね。最近、アリシア様やほかの貴族の令嬢が、あなたの噂について言及しているという話を耳にしたの。意外と評判が変わりつつあると聞いて、確認しに来たのよ」
幸太郎はどきりと胸が高鳴った。
(評判が変わりつつある……もしかして、俺の努力が少しは届き始めてるのか?)
ルイーゼは玄関の大理石の床を軽く踏みしめながら続ける。
「アリシア様は、お父上の手前あまり口外していないようだけど、あなたに対して少し印象が変わったと言っているらしいわ。……真実かどうかは別として」
「そ、それは……本当なら嬉しいけど、まだ確証はないです」
「そうね。私の立場としては、アリシア様が危険な男に近づくのを見過ごすわけにもいかない。でも、もしあなたが本当に改心したのなら、むやみに排除するのも失礼にあたる」
ルイーゼは扇子を広げ、ゆったりとした動作で顔をあおぐ。
「私、こういう噂話って嫌いじゃないの。だから、もっとあなたのことを知りたいわ。どう変わったのか、その真相をね」
幸太郎は正直、少し押され気味だったが、なんとか唇を引き結んだ。
「じゃあ、いま特別なことはできませんが、屋敷を見ていただいて……昔のままではないってことを分かってもらえれば」
「いいわね。では遠慮なく見回らせてもらうわ。なにしろ、鬼畜オヤジなんて異名を持つ人物が、どんな風に変わったのか……興味あるもの」
彼女の挑発的な笑みに、幸太郎は少しだけ不安を覚えるが、すでに扉を開いてしまった以上、後戻りはできない。
「わかりました。どうぞ中へ。……ミウ、案内を頼むよ。俺も後ろからついていく」
「はい、ご主人様」
ミウが一礼し、ルイーゼをエスコートするように先に進む。
幸太郎は心の中で(アリシアに関わる貴族筋……ここで下手を打ったらアリシアとのフラグが台無しになりかねない)と冷や汗をかきながら、一歩ずつ屋敷の奥へ足を運んだ。