暴走する男と必死の説得
屋敷の玄関を出ると、そこには見覚えのない若い男が一人、怒りで顔を真っ赤にしていた。
「おい、出てこい、汚いオヤジ! おまえのせいで苦しんでる娘がいるんだろうが!」
男は剣の柄を握りしめ、あたりを睨み回している。
幸太郎はバサバサの外套の襟を直しながら、おそるおそる彼の前に出た。
「ええと……その、悪いけど俺に何か用か?」
「ふん、よく言うよ。あんたが散々女を泣かせてきたって噂は聞いてる。今さら改心? そんなの信じられると思うか!」
男の鋭い目つきに、幸太郎は内心でひっと息をのんだが、なんとか耐えて返事をする。
「確かに、昔の俺……いや、この身体の持ち主は何をやっていたか知らないけど、すごく悪いことをしてきたんだろう。だけど、今の俺は違うんだ」
「ご主人様、落ち着いてください」
ミウがそっと袖を引き、彼に囁く。
男はミウの姿を見て目を丸くした。
「何だ、このメイドさんまで騙しているのか? おまえ、危ないからそこを退けよ。こんな奴、百害あって一利なしだ」
ミウは首を横に振る。
「私、騙されてなんかいません。今のご主人様は、本当に優しいと思います」
「はっ、そんな言葉に騙されるものか。いいか、俺はあんたを成敗して、泣いてる女たちを救いたいだけなんだ」
男が剣を抜こうとした瞬間、幸太郎はとっさに両手を広げた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。もし君がそれを振るったら、取り返しのつかないことになる。俺と話を……」
だが、男は聞く耳を持たない様子で、鋭い目つきのまま剣を中段に構える。
「問答無用。いいか、女を泣かす奴はこの俺が許さない。鬼畜オヤジなんて存在、ここで消してやる!」
ヒュッと空を切る音がした。
幸太郎は慌てて横へステップを踏もうとしたが、身体が重く、ぎこちなく動くにとどまる。
「い、いてっ!」
剣先が外套の端をかすめ、布が裂ける。
ミウが悲鳴をあげた。
「ご主人様っ! や、やめてください! そんな無茶は……!」
男はそれでも目を光らせながら、再び構えをとる。
「メイドさん、どいてくれ。あんたまで傷つける気はないんだ」
「けど……!」
ミウは必死に腕を広げて、幸太郎をかばおうとする。
彼はその姿を見て、ぎゅっと拳を握りしめた。
「……わかった、ミウ、下がって。俺……なんとかするよ」
「でも、ご主人様っ」
ミウが戸惑う間にも、男はさらに一歩近づいてくる。
幸太郎は薄毛の頭をかきむしりながら、どう動けばいいのか、脳内で必死に考えた。
(ゲームでは、ここで圧倒的力で屈服させるルートもあるけど……俺はそんな方法使いたくない。何か別の方法は……)
「おい、何をブツブツ言ってる。覚悟しろ!」
男の剣が振り下ろされようとしたとき、幸太郎はとっさに脇へ転がって間一髪かわした。
石畳に尻餅をついたまま、それでも必死に言葉を紡ぐ。
「聞いてくれ! 俺は……もう、女の子を泣かせるようなことは絶対しない。だからその剣を下ろしてくれ!」
「口先だけの言い訳だろうが!」
男の目は憎悪に満ちている。
ふいに後方から声が響いた。
「ちょっとそこの人、何をしているの。無断で騎士団の管轄地で暴れるなんて許されないわよ」
目をやると、鎧をまとったロゼッタらしき姿が遠くから歩み寄ってきた。
男は一瞬ひるんだように剣を引き戻す。
幸太郎は地面に手をついて、背中に冷や汗を感じながら立ち上がった。
「ロゼッタ……助かった……」
彼女は鋭い眼差しのまま、男に向かって言う。
「話を聞くから、その剣を下ろしてちょうだい。もしどうしても言うことを聞かないなら、私の方で検束するしかない」
男はロゼッタの威圧感にたじろぎつつも、歯ぎしりしながら剣を鞘に戻した。
幸太郎は大きく息を吐き、心臓がバクバクしていることを改めて実感する。
ロゼッタがこちらにちらりと視線を投げた。
「……あなた、本当に目立つトラブルばかり起こすわね。だけど、まだ詳しくは聞いてないから、しっかり説明してもらうわよ」
幸太郎は心の中で(そうだよな、俺ってまだ信用ゼロだもんな)と苦く思いながら、なんとか彼女に向かってうなずいた。