“鬼畜オヤジ”制裁騒ぎ
「本当にご主人様が食堂に来られるとは、思いませんでした」
屋敷の一角にある食堂で、ミウがテーブルを拭きながらうれしそうに言った。
「いや、俺も……今までメシすらまともに一緒に食べられなかったなんて、なんか寂しいよな」
幸太郎は椅子を引き、恐る恐る腰をおろした。
食卓には簡素なスープとパンが用意されている。
「鬼畜とか噂されてるわりには、質素な食事だよな……」
彼がそうつぶやくと、ミウははっとした顔で布巾を握ったまま立ち止まる。
「ず、ずみません。もっと豪華にすべきなんでしょうけど、料理長が“あの人は贅沢してもすぐ文句を言うから”と、あまり協力してくれなくて……」
「いや、いい。俺はこういう地味めの食事のほうが実はありがたい」
幸太郎がそう言うと、ミウは少し笑って椅子を引いた。
「じゃあ、私も隣でいただいていいですか。なんだかご主人様と一緒に食べるの、初めてなので」
「もちろん、むしろ一人で食べるのも寂しいし」
彼が恥ずかしげに答えると、ミウは嬉しそうに小さく胸の前で手を合わせてから腰を下ろした。
スープを一口すすったあと、幸太郎は周囲を伺いながら小声で言葉を続ける。
「実はさ、俺……ほら、この姿になる前は違う世界にいて……」
と言いかけて、彼は慌てて口を結んだ。
ミウは首をかしげる。
「ん? 違う世界って、どういう……」
「あ、いや、まあ……なんでもない。とにかく俺は、今までのやり方が酷すぎたってことを言いたいんだ。だから少しずつ変えたいんだよ」
そう打ち明けると、ミウはにこっと笑みを浮かべる。
「うん。私、あまり難しいことはわかりませんけど、今のご主人様はすごく優しいと思います。みんな、気づいてくれたらいいのにな」
「そうだな……でも俺、まだ皆に警戒されてるんだよな。どうすればいいんだか」
彼が肩を落とすと、ミウは隣からそっと手を伸ばし、彼の手の甲を軽く包む。
「焦らず行きましょう。あたたかい言葉と行動は、きっと伝わるはずです」
その瞬間、幸太郎はメイド服の袖越しに感じるミウの肌のぬくもりに、どきりとした。
「あ、ありがとう。俺……頑張るよ」
「はい。一緒に頑張りましょう」
そんな和やかな空気を破るように、廊下のほうで「きゃっ!」という小さな悲鳴が上がった。
「今の声、誰だ?」
幸太郎とミウは慌てて椅子を立ち、扉を開けて廊下に出る。
そこには、別のメイドが青ざめた顔で立ち尽くしていた。
「ご、ご当主様っ。変な噂を聞いてきた男の人が玄関で騒いでて……『鬼畜オヤジに制裁を下す』って……」
メイドが怯えながら説明する。
幸太郎は唇をかみしめながら苦い思いを飲み込んだ。
「やっぱり……あの悪評が広まってるのか。とにかく落ち着こう。俺が話しに出ていく」
「で、でも……あの相手、見た感じかなり気が荒いようで」
メイドがおずおずと幸太郎の服の袖を引っ張る。
ミウはそんな彼女の背中を撫でながら、幸太郎を見つめて言った。
「ご主人様、私も一緒に行きます。危なそうなら私が止めますから」
「いや、ミウが前に出るわけには……でも、一人より助かるか。頼むよ」
そう返してから、彼は内心で(これが女性に頼ってばかりの情けなさだよな……)と心の中で眉をひそめた。
だが、今はそんなプライドを張ってる場合でもない。
「よし、とにかく玄関へ行こう」
幸太郎はミウを伴って廊下を進み、声のする方向へ急いだ。