王都の散策とヒロインたち
屋敷の掃除にひと段落ついた午後、幸太郎は外の空気を吸おうと玄関を出た。
石畳の道を歩きながら、左手に広がる街並みに目をやる。
「ここが、ゲームに出てきた王都レグニアか。思ったより現実っぽいんだな……」
華やかなドレスをまとった貴婦人や、武装した騎士たちが行き交い、活気にあふれている。
すると、目の前を金髪の女性が高級馬車から降り立った。
「……あれは、アリシア・フォン・エヴァンス!」
幸太郎は思わず声に出しそうになり、慌てて手で口を覆う。
ゲームで何度も見たツンデレお嬢様の姿そのままで、周囲の視線を集めている。
「やっぱり美人だな……でも、ゲームじゃ強引に押し倒したりする展開ばかりで……無理だ、あんなの」
彼はそうつぶやいて、そっと目を逸らした。
その横では、鎧に身を包んだ女性騎士たちが隊列を組んでいる。隊の先頭には、銀色のショートヘアが凛々しいロゼッタ・ブライトらしき姿が見えた。
「ゲームじゃ、彼女をむりやり屈服させてなんちゃら……ってイベントがあったっけ。考えるだけでゾッとするな。でも、格好いい……」
幸太郎が心の中で複雑な気持ちを抱えていると、すぐ脇をメイドらしき少女が通りかかった。
くりっとした瞳が印象的なメイドは、先ほど屋敷で少しだけ顔を見たミウだ。
「ご主人様、あれっ。こんなところにいらしたんですね」
「い、いや……ちょっと街の様子を見たくて」
「ふふ、そうなんですね。ここ、賑やかで面白いでしょう。私は買い出しに来てるんですけど、ご主人様も何か探してるものありますか?」
彼女は底抜けに明るい笑顔で問いかける。
幸太郎はメイド服に包まれた健康的な肢体と、その優しい空気感に、思わずほんのり赤面してしまった。
「いや、別に……あっ、でも、屋敷の掃除用のブラシとか洗剤、もっとあったほうがいいかな」
「いいですね。じゃあ、ご一緒にどうですか?」
そう言われ、幸太郎は素直にうなずいた。
「……ありがとう、なんだか助かるよ」
ミウが笑うたびに、その柔らかな雰囲気に心が和む。
(ゲームのなかで拘束したり散々ひどい目に合わせてしまったなんて、今更ながら罪悪感が半端ないな)
彼は申し訳なさと安堵感が入り混じる思いを抱えながら、商店街へと足を進めた。
その途中、図書館らしき建物が視界に入る。
「そうだ……図書館に行けば、この世界のこと、いろいろ情報が手に入るかも」
幸太郎はチラリとそちらを見つめ、そこにいるであろう地味な司書・ニーナのことを思い出した。
ニーナも屋敷の使用人だが、書物に詳しく昼間は図書館で働いていた。
彼女の大人しそうな瞳、そしてゲームにあった“書庫に閉じ込め凌辱イベント”を想起しては、勝手に顔が熱くなる。
「そういう展開だけは絶対避けよう。もう鬼畜ルートはごめんだ……」
心の中でそう誓いつつ、彼はミウと連れ立ってにぎやかな店先を覗き込み始める。
通りには行商人の声が響き、香ばしいパンや湯気のたつスープの屋台などが並んでいた。
そんななか、幸太郎の視線の端に、袴姿の東洋風の少女がふと入ってくる。
つややかな黒髪を後ろでまとめ、和風の剣を携えた姿――間違いない、椿だ。
彼女は異国の留学生で、ゲームでも和風ヒロインとして登場する重要キャラクターだった。
(椿……! こんなところで出会うなんて。ゲームだと、自分の剣技を誇りにしていて、むりやり凌辱する衝撃イベントがあったっけ。
そのシーン……思い出すだけでぞっとするのに、妙にエロさもあった……)
椿は幸太郎に気づかないまま通りすぎる。
ちょうど大きな荷車が横切り、声をかける間もなく、その姿は人ごみの向こうへ消えていった。
幸太郎は一瞬、その凛々しい背中を目で追う。
(椿までゲームみたいに凌辱したら……最悪だ。絶対そんなルートにはしたくない。俺はもう鬼畜なんかじゃないんだ)
だが、彼女の淡い香りとともに、ゲームでの無理やり犯すような展開が脳裏をよぎってしまい、思わず嫌な汗が流れる。
(……落ち着け。今の俺はあんなこと絶対しない。むしろ、彼女を守ってあげたいくらいだ。
…よし、とりあえず今はミウと買い物に集中しよう)
心を鎮めるように深呼吸をし、ミウに視線を戻すと、彼女は「どうかしました?」と首をかしげている。
幸太郎は気まずさを隠すように笑みを浮かべ、何もなかったように商店街へ足を向けた。
そして、彼はミウとともに道を進みながら、屋敷へ戻った後のことを考える。
(こんな俺でも、ゲームで得た知識を生かして、みんなを守れるように変わっていきたい。)
そんな思いを抱きながら、幸太郎は次へ続く展開を予感するように足を速めた。