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最終対決の準備

 翌日、王都の中心地から少し離れた貴族街にある小さな館へ向かうため、幸太郎は朝早くから支度をしていた。

 バルド・デュアルテという黒幕が潜んでいる――そうにらんだロゼッタやアリシア、椿たちが集めた情報をもとに、ついに直接対決に臨むことになったのだ。


 「いよいよあいつらと正面から当たるってわけか……。俺なんかで大丈夫かな」

 幸太郎は屋敷の玄関先に立ち、苦笑混じりに息をつく。隣にはアリシアがいて、相変わらず少し鼻を鳴らすような態度を見せる。


 「そんな弱気なこと言わないで。あなた、自分で“もう逃げない”と決めたんでしょう? だったら堂々としてなさい」

 彼女は艶やかな髪を揺らしながら、まるで自分にも言い聞かせるように言葉を放つ。ロゼッタは鎧の胸当てを確かめるように整え、無言でうなずいた。


 「その通りよ。あなたがぐらつくと、私たちまで不安になるわ。さあ、背筋を伸ばして」

 ロゼッタのあからさまな言葉に、幸太郎は思わず背中をしゃんとさせる。


 「わかった。……ミウ、ニーナはどうしてる?」

 ちらりと見やると、ミウがメイド服を揺らして小走りに近づいてきた。


 「ニーナさんは痛み止めを飲んで休んでいます。大事をとって今日は安静にしてもらうことにしました。ご主人様、ニーナさんのぶんも気をつけてくださいね」


 「そうだな。ニーナが落ち着いて回復するまで、俺たちがうまく片づけないとな。ありがと、ミウ」


 椿は静かに息を整え、袴の脇差(わきざし)のつかを指でなぞるように確認する。

 「では私もご一緒します。留学生だからといって傍観するわけにはいきません。こういうときこそ剣術の腕を役立てたいので」


 アリシアはきらびやかなドレスではなく、動きやすい衣装に身を包んでいる。その姿は高貴な空気こそ変わらないが、どこか凛々しさを感じさせた。

 「私も行くわ。……あんな卑劣なやり方をする連中は許せないのよ。あなたを守るつもりはないけどね、王都と社交界の秩序を守りたいだけ」


 思わずこみ上げる感謝の気持ちを隠すように、幸太郎は軽く頭を掻く。

 「うん、わかってる。でもありがとうな」


 アリシアは一瞬だけ頬を染めてそっぽを向く。ロゼッタが「そろそろ行くわよ」と声をかけ、全員が馬車に乗り込んだ。

 朝の空気はまだ肌寒く、車輪が石畳を鳴らす音が耳に響くたびに、幸太郎の胸の鼓動も高まっていく。


 門のそばに立って見送るミウは少し寂しそうに小さく手を振った。

 「ご主人様、皆さん……絶対に無事で戻ってきてください。ニーナさんと一緒にお待ちしています」


 幸太郎も手を振り返すと、大きくうなずく。

 「任せてくれ。何があっても必ず帰るよ」


 やがて馬車が動き出すと、アリシアがふと隣で小さく息をついてみせた。

 「あなたと並んで馬車に乗るなんて、昔の私なら絶対考えられなかったのに……不思議なものね」


 幸太郎は苦笑しながら窓の外へと視線をやる。

 「俺だって、高貴なお嬢様にそう言われる日が来るなんて思わなかったさ。でも、今はそれがすごく心強いよ」


 ロゼッタはそんな二人の会話を聞き流すように、手綱を握る兵士に合図を送りながら言葉を投げかける。

 「目的の館に到着したら、私と椿で裏を押さえる。アリシアとあなたは正面から入ってきて。勝手な行動はしないように」


 椿は刀の柄に軽く手を置き、凛とした表情でうなずく。

 「わかりました。できるだけ静かに動いて、相手の出方を見極めましょう」


 幸太郎は心の中で(もう逃げられないな)と決意を固めながら、拳を握りしめる。

 (ニーナも巻き込まれたし、こんな卑劣な貴族を野放しにはできない。俺はもう“鬼畜オヤジ”なんかじゃない。守りたい仲間がいるし、引けないんだ)


 馬車はやがて貴族街のはずれへ到着する。高い塀と古びた門に囲まれた小さな館が目に入ってきた。

 皆が息をひそめ、最後の作戦確認を交わすように視線を交わす。ここが、バルド・デュアルテの差し金で動く連中が潜む拠点――決着をつける場だ。


 馬車を降りた幸太郎は、アリシア、ロゼッタ、椿とともにひと呼吸つく。

 (大丈夫だ……俺には、もうこんなに頼もしい仲間がいる。ニーナの仇を討ち、みんなを守るためにも、負けるわけにはいかない)


 そう自分に言い聞かせると、彼らは灰色の雲が垂れこめる朝の光の下、静かに館へと足を踏み出した。

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