メイド・ミウとの協力とロゼッタへの誠意アピール
アリシアとのやり取りから数日後の朝。
屋敷の一角で幸太郎は細かい事務作業をしていた。
「うーん…帳簿管理ってこんな大変だったっけ。前の“鬼畜オヤジ”が適当にやってたからか、めちゃくちゃだな…」
頭を抱えて書類とにらめっこしていると、廊下から柔らかな足音が近づいてくる。
扉がそっと開かれ、顔をのぞかせたのはミウだった。
「ご主人様、疲れてませんか? そろそろお茶でもいかがですか」
「おお…ミウ。助かるよ。ずっと数字と睨めっこしてたから、目がチカチカしてきた」
ミウはぱっと明るい笑みを浮かべ、手にしたお盆をテーブルに置く。
カップからはいい香りのハーブティーが立ち上り、一気に気持ちがほぐれる気がした。
「実は先日、ご主人様に紹介してもらったハーブのお店で買った新しいブレンドなんですよ。元気が出ると評判で、ちょっと奮発しちゃいました」
「わざわざありがとう。…いやー、ミウには本当にいつも助けられるな」
照れたように頭をかく幸太郎を見て、ミウはくすっと笑う。
「私こそ、家事や雑務くらいしかできませんけど、ご主人様のお役に立てるならうれしいです」
そこに、廊下からロゼッタの声が飛んできた。
「へえ…ずいぶんと仲が良さそうね」
不意に背後から声をかけられ、幸太郎はどきりと身をすくめる。
ロゼッタは制服姿のまま、書類を手にして立っていた。
「ま、別にいいけど。もし余裕があるなら、この前言ってた騎士団の訓練相手、引き受けてくれる?」
「…ああ、もちろん。俺で良ければいくらでも。あまり強くないけど、足手まといにはならないように頑張るよ」
ロゼッタは「そう」と短く返すと、少しだけ苦笑まじりに肩をすくめる。
「あなた、最近はおとなしくて、しかも協力的だから周囲も戸惑ってるわよ。
もともと“鬼畜オヤジ”なんて呼ばれてたのに、変われば変わるものね」
幸太郎はミウの淹れたハーブティーをすすりながら内心で思う。
(ロゼッタの攻略情報だと、彼女は正々堂々とした態度や実力を示すことが何より好感度に繋がるんだったよな。
騎士団の訓練で真面目に取り組んだり、公正に振る舞えば少しずつ心を開いてくれるタイプ……
ここは頑張って好感度を上げておきたい)
ロゼッタはそんな幸太郎の様子に気づかないまま、腕を組んでじろりと彼を見つめている。
「そもそもあなた、どこか異世界から来たとか言ってたわね。真偽はともかく、その“普通の男”の部分があれば、
こっちの世界でも通用するんじゃないの?」
「そ、そうなのかな…自信はないけど…あ、そうだ。ニーナにおすすめの本を教えてもらおうと思ってたんだ。
図書館に行く予定だったんだけど、ロゼッタの訓練が先だね」
するとミウが「図書館行きます?」と瞳を輝かせる。
「私も用事があったので、一緒に行きましょうよ。ニーナさんが最近、新しい本の仕分けを手伝ってほしいって言ってましたから」
「そっか。なら訓練のあと図書館か…。忙しくなりそうだけど、なんだか楽しみだな」
その会話を小耳に挟んだ別の使用人が、遠巻きに微笑んでいるのを幸太郎は感じる。
(俺、思っていたより孤立していないんだな…ゲームでは悪名高いキャラでも、こうして地道な行動で信頼を得られる。
ロゼッタにも真面目さをアピールし続ければ、好感度が上がるはずだ)
そんなことを思いながら、幸太郎は改めて胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
過去には女性とまともに言葉を交わす機会などほとんどなかったが、今の世界では少しずつ会話が広がっている。
「よし、まずはロゼッタの訓練に行って、そのあとミウと一緒に図書館へ行ってニーナとも話して…。ほんと、意外と忙しいな」
「ふふ、いいことじゃない。あなたが動いてくれると、騎士団としても仕事が捗るしね。ま、張り切りすぎてまた変な騒動を起こさないようにだけは注意して」
ロゼッタがそんな皮肉交じりの言葉を残すと、ミウが「頑張りましょうね、ご主人様!」と明るく言い添えてくれる。
幸太郎は「うん」と短く応じ、机の書類を簡単に整理しはじめる。
やるべきことがたくさんありそうなのに、不思議と苦じゃない。むしろ心地よい活気が胸に満ちていくのを感じていた。