女子社員たちはランチタイムで、不要な共感を嘆く。
会話の中で、女性特有の事象に関するものが出てきます。
デリケートな方は、お食事中ご注意です。
人によっては、痛みを感じる可能性がある表現があります。想像力・共感力の鋭い方はご注意ください。
今日の俺、社員食堂ならぬ社員ダイニングでお弁当を食す昼休み。
最近は、値上げの波で弁当社員が増えたのか、社員ダイニングがかなり賑わっている。
といっても、社員食堂時代の時みたいに、満席になることはない。
コンビニでおにぎりと味噌汁買って食べる若手や、お弁当を自分で作る子らも多く見える。
社員ダイニングに、電子レンジも4台導入され、ホカホカのお弁当を食べられるようになり、俺嬉しい。
「おつかれーって、あれ、イトちゃん大丈夫? 顔色悪いよ」
「あぁ、宮ちゃん……。大丈夫とはいえないけど、家にいる方が大丈夫じゃないからさ……」
おや、宮原と伊藤。よく彼女らの話が耳に入ってしまうのだが、それの理由に気づいた。
宮原と伊藤、そして俺は社員ダイニングで席の位置を固定している。
社員ダイニング使用時の席が同じであるため、彼女らと座る位置が近く、会話が聞こえることが多いのだ。最近やっと気づいた。
俺、無意識に同じ席に座り続けているのもあって、社員の間でこの席は、俺の固定席と言われてるらしい。
なんか周りに悪いことしているような……。まぁいいや。いちばん端っこにいるから。
んで、具合悪いのに出社してきた伊藤は、どういうことだ……。そんなことするやつじゃないのに……。
「家にいる方がって、旦那さんお休みなの?」
「そうなのよ、出張の代休とかでお休みになって……。んで、私は今日出血大サービスデーなのよ……」
ん?? 伊藤の旦那さんがお休みと、伊藤がバーゲンってどういうことだ?? 関連性が見えん……。
「あー、そういうことかぁ。それは家にいる方が具合悪くなるね。薬飲んだ?」
「ううん、切らしちゃって……。ご飯の後買いに行くわ……」
「あ、それならバフォリンで良ければあげるよー」
「助かるぅ……」
バーゲンと薬も関係性が見えねぇ……。
「もしかして、イトちゃんとこの旦那も、……アレだったり?」
「多分、それ……」
宮原と伊藤の旦那、魂の双子レベルで共通点が多いので、なにかしら似ている面が多い。
そして、俺には見えないけれど、宮原・伊藤には何かが見えているようだ。
「「あー、おれまで具合悪くなってきた」」
え、なんでハモるの?!
共通ってどういうこと? バーゲンじゃないの? 具合??
だ、だめだ、まるでわからない……。
「だよねぇ……」
伊藤、具合の悪さと呆れが相まって、めっちゃ言葉が沈んでいる……。
「普段、共感なんて、な〜〜んにもしようとしないくせに、具合悪い時だけ、おんなじような気分になるとか、ほんと殺意わく!」
宮原、君そんなこと言っていいのか、弊社人事部に自分の旦那がいるだろ……。
「そうなのよね。今日私が、仮に仕事休んで家でぐったりしてても、家事何ひとつやらずゲームで遊んで、昼になった頃メシどうするって言ってきた挙句、まだ具合悪いの? おれもなんか調子悪いかも。とか言う、ストレスぶっ込まれる未来しか見えないから、休むの諦めたわ……」
いやいや、カミさんが具合悪いのに、そんなことはしねぇだろ、普通。
風邪だったとしても、そんなすぐに感染るものでもないし……。
「わかるー。あんた妻が具合悪くしてるのに、介抱なりお世話なりをしようとしないで、自分も具合悪いアピール始めるの?! って、毎回思うもん。ただでさえ、ちょっとの筋肉痛でこの世の絶望みたいな顔されるしさー」
宮原……、君は旦那が……。おしゃべりな誰かによって、筒抜けると思うが……むしろ敢えてそうしてるのか?
「そうそう……。そのくせ、病院に行くか聞いたら行かないって言うし。薬飲むか聞いても飲まないって言うし、なのに具合悪いアピールしまくりで、殺意しか湧かないのよね……」
よ、よくわからんけど、だいぶマシになったと思った伊藤・宮原の旦那……まだまだのようだった。
家事もせず、やっても中途半端で、だいぶ奥様がたの怒りを買っていた彼ら。
ってか、具合悪いが伝染って、絶対にただの思い込みだよな。
「こないだなんて、あたし出血大サービスデーしてて、お腹痛くてうずくまっていたら、おれもお腹痛い。感染ったかも。なんて言うのよ。生理がうつるわけあるか、クソが! って舌打ちしてキレちゃった」
あ、はい。宮原ありがとう。そして聞いちゃって御免なさいな気分に。
女性であるが故に起こる不調のことだったんだな、バーゲンって……。なんでバーゲンかはわからんけど、隠語のような感じで使っているんだろうな。
実家の女衆は、プリンセスデーって言ってたけど、人によって違うようだ……。
せっかく隠して言ってたのに、思いっきり中身言っちゃったけど。
「そうそう、自分が具合悪い時は、看病してもらって、心配してもらって当たり前って思っているのか知らないけど、こっちが具合悪くなっても、同じようにしてもらえないのよね……」
「ほんとだよねー。だから、あたしはもう、普段のテキトーな具合悪い宣言の時は放置してるー。薬飲んだり病院行ったり、しっかり体休めている状態じゃないと、心配の声もかけないよ」
あぁ、伊藤さん・宮原(旦那)……これは自業自得すぎる……。
つーか、なんで普段共感力低いくせに、具合悪い時は同じような状況になろうとするんだ……。後で宮原旦那に聞いてみよう。
今日も愛妻弁当はとてもおいしかった。ありがとうカミさん。午後も頑張れる。
ありがとうLINNE送っとこ。紅生姜の卵焼きとか、しゃけご飯とか、ちょこんとデザートがわりに入っている芋きんとんとか、俺の好物や旬のものをたくさん入れてくれる。ありがてぇ。和食が染み渡るぅ……。
俺は空の弁当に蓋をして、水筒の茶を飲み、社員ダイニングをあとにする。
その後の昼休み時間は、机に突っ伏して寝るか、カミさんのLINNEトークのお相手が多い。
デスクに戻ったら何しようか考えていたら、宮原(旦那)が目の前を歩いてた。ちょうどいい、訊いてみるか。
「おーい、宮原」
「あ、お疲れ様です」
「お前の奥さんが言ってたけど……」
と、具合悪いを勝手に共感して、自分も具合悪くなる現象について聞いてみたら、バツの悪そうな顔をする宮原。
「……お前、わざとだな」
「いや、その……」
宮原(旦那)は笑顔が引き攣っている。
詰め寄ると白状した。
「ほら、その、具合悪いと、家事しなくていい雰囲気になるじゃないっすか……。だから、具合悪いの羨ましいなーって……」
「お前が本当に具合悪い時、宮原は同じようにするか?」
「いや、前までは薬はいるかとか、食べやすいご飯とか用意したり、してくれてました……前までは……」
これは、大きなため息しか出てこない……。
前までは、という事は、宮原は仮病とか大した事ないとか見破っているようだ。
「お前がサボっている分、本当に具合が悪い自分の妻に家事を押し付けている自覚はあるのか?」
「いや、悪いな……とは思いますけど、やっぱ働いてるのに、休みの日も家でセカセカしなくないっつー、その……」
「お前なぁ……同じ会社にいるのに、なんで自分だけ働いてる気になってんだ? アイツは営業部のエースだぞ?」
あー、なんだかんだ、自分とこの部下が軽んじられているのは、腹が立つ。
宮原(旦那)は飲み仲間と言えども、容赦はしねぇ!
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「なんか、宮ちゃんの旦那、めっちゃ説教されてるね……」
「あははは、でも何ひとつ的外れな事言ってないよね、うちの部長」
「まぁ、あの人愛妻家だし、家族思いだもんねぇ」
「あ、旦那解放された。めっちゃ肩落として歩いてる……ぷぷぷ」
「大丈夫? 宮ちゃん旦那凹みやすいでしょ……」
「むしろ、これでなんにも堪えてなかったら鬼ヤバ。おや、今度は部長、電話し始めたぞ?」
「……伊藤さんって言ってるから、多分うちの旦那よね……飲み仲間だし……」
「多分……? あー、ガチ説教してるー。淡々と無表情でちょい口数早く多いやつ、部長のガチ説教だ。……営業部の女子ロッカーこの先だけど、迂回していい?」
「うん、ちょっと通りづらいよね」
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あー……昼休み全部、説教に使っちまった……。
宮原(旦那)と伊藤さんの奴、見事に家事やりたくないが真っ先に来ていて、具合の悪い奥さんが見えてないなんて……。
まぁ、宮原(旦那)・伊藤さん世代の子供の頃なんて、かーちゃんや姉妹がいたとしても、女性特有のアレはオープンにする時代じゃ無かったもんな……。同級生・同年代の奴らも、それ系疎いの多いし。
「ぶちょー」
お、宮原。ん? コーヒー?
しかもステラバックスのじゃんか!
「旦那にガチ説教ありがとうございます」
「すまん、余計な事したか?」
「むしろ、部長が理解してる側に驚いてます」
「母が寝込むタイプ、姉がキレ散らかすタイプでな……」
「あー……」
「コーヒーありがとな。宮原も絶対に無理するなよ」
「はーい。上司が理解してる側って、安心です。それじゃ外回り行ってきます」
「いってらっしゃい。気をつけて」
俺にはいまいちわからない感覚ではあるが、そんなに安心なものなのか……。
さて、俺も出なきゃ。客先で会議だもんなぁ……。
オンラインで事足りるやつなのにぃ……。
「あ、そだ」
ん? 宮原が戻ってきた。なんか忘れ物か?
「イトちゃん、あのあと帰ってもらいました」
「お、そうか。ちゃんと家で休めるといいな」
「ダメだったらイトちゃんからメッセくるんで、再説教依頼かけますね」
宮原が冗談交じりに笑う。
俺も笑いながらオーケーと返すが、心の中では「メッセくるなよ、たのむ!!」と天に向かって拝むのだった。
イトちゃんはおうちに帰って、無事休めました。