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プロローグ

 雲一つないよく晴れた日の昼下がり。

 一人の青年が授業終了のチャイムと同時に飛び出した。

 名を宝賀舞人たからがまいとという。

 レベルそこそこの大学に通う二十三歳の学生だ。


「いつにも増して早くね?」

「とっておきが~とか何とかって、ヒデと話してたぜ」

「よくあれと絡もうとするよな。まあいいやつだけど」

「そうだよなあ。変人だけどいいやつなんだよな」


 なんて陰でこそこそ言われているが印象最悪というわけではなく、むしろ全員に好かれているといった方がいいだろう。


 とっておき、とは


 今日は彼の考えた、とんでも魔術をお披露目する記念すべき日である。

 だが、この世界において魔術やら、魔法やらなんてものは存在しない。


 彼が所属する「魔法・科学同好会」は科学を紐解き、魔術として確立する、そういう理念のもと運営されている

 その実、部屋には歴代の会員たちが残した大量のサブカル本と、よくわからないどこの国の何の民族のものかもわからないお土産ものが所狭しと並んでいて、科学のかの字も見当たらない。


 科学はお飾りだ。


 この会は歴代通して所属最大人数三人しかいないにも関わらず何年もその一室を陣取っている。

 大学の七不思議にすら入っている謎多き同好会なのだ。会員もそれについては何も知らない。


 全速力で構内を駆け抜けた舞人は「魔科」と張り紙された扉の目で立ち止まり開かずに少し待った。


 中で声がしたからである。


 いかがわしい声ではない。この同好会でよくある「儀式」が行われているのだ。


 舞人はドアに耳を当て声を聞く。


「――――深淵の申し子。深き闇にもぐる精霊よ、我がもとに馳せ参じよ!「精霊召喚」!!」

 …………

「ダメだね」

「自信あったんですけどね……」


 終わったようなので舞人はドアを開けて中に入った。

 部屋には暗幕が張られていて一切光が入らない。二本のブルーライトバーだけが光源で部屋の怪しさを増している。

 真ん中に書かれた青い魔法陣を正面にして青年がうなだれている。

 部屋の隅で座っていた女性が部屋の明かりをつけた。

 舞人は成功の瞬間を収めるべくOB達からの寄付で買った4K対応ビデオカメラの録画を停止した。


「よす、伏見(ふしみ)失敗したみたいだな!」

「ああ、宝賀先輩。こんにちわ」


 伏見と呼ばれた長身の青年は元気のない声であいさつに答えた。

 舞人の後輩である。


庄司(しょうじ)さんもお疲れ」

「うん、お疲れ舞人君。今日は速かったね」


 にこりと笑って答えたのは庄司。

 物腰柔らかそうなおさげの女性、舞人の同級生だ。


「さすがに精霊召喚は速いんじゃないか?」


 馬鹿真面目に唱えた「詠唱」に突っ込む人間は誰もいない。

 ここはそういう人間の集まりなのだ。


「これで五十二回目の失敗ね。もうちょっと小さなものから呼んでみるといいんじゃない?」


 そして馬鹿真面目に助言するのもこの会での日常である。


「召喚の醍醐味って言ったら大精霊の召喚じゃないですか……」

「一理あるけどな」


 一理などない。


「やっぱ詠唱の問題すかね」

「そうね。まあ魔力量が分かればできる魔術もわかってくるんだろうけど……どこかに調べられる魔道具ないかしら」

「この呪物の山にあるかもしれないですけどね」


 ……ないとは言い切れない。この部屋ではたびたび怪奇現象が勃発する。

 それはこのゴ・・・中に本物が混じっているからなのかもしれない


「明かりの問題もあるかもな。ろうそくとかでできたらいいんだけど」

「火災報知機が作動してこの呪物の山がびしょぬれにでもなってみなさい。ほんとに呪われるわよ」


 現に謎の面へイチゴオレをかけてしまったOBが両腕を骨折する事件が発生した。

 現在それはケースに入れて棚の中にしまわれている。

 なぜ、捨てないかって?この会の人間にとっては宝のようなものだからだ。


「それで?今日はとっておきを考えてきたのよね宝賀君」

「ふっ。聞いて驚け……」


 二人が息をのむ。


「転移魔術の詠唱だ!!!」

「馬鹿なのね」

「それは無理ですよ」


 あれだけノリノリだった二人が急に梯子を外した。

 これはさすがに可哀そうだ。


「いやいやいや、ちょっと待ってくれ!マジで自信あんだって!」


 庄司は怪しむ目線で舞人を見る。


「昨日古本屋で魔術所みたいなの見つけてさ!ほらこれ!」


 カバンの中から何やら怪しげな分厚い本を取り出した。

 伏見が手に取ってみてみる。


「……これ何語ですか?」

「いや、わからん」

「それが何の役に立つのよ」


 二人してあきれている。


「この本を触媒にしたらなんか成功する気がすんだよ。詠唱も完璧なの考えてきたし」

「触媒……なぜそれを思いつかなかったのかしら」

「ほんとですね!やってみる価値ありですよ!」


 手のひらドリルである。


「先輩ちょっと貸してください、さっきのもう一度やってみます!」

「ダメダメ!もし一回で消えちまったらどうすんだよ。これ十万(税抜き)したんだぞ!先月のバイト代消し飛んだんだぞ!?」


 基本的にここにいる人間は馬鹿である。大馬鹿者である


「っ……さすがにそれは出せないですね。今月は推しのグッズが大量に……」

「出すって言ってもやらねえよ」


 そしてこの男二人はとんでもない浪費家である。貯金などない。


「とりあえず準備しましょうか。詠唱はカンペ?」

「完全に頭に入ってる!」


 三人は準備に入った。と言っても録画開始を押し、電気を消してブルーライトをつけるだけである。

 舞人以外の二人は隅の椅子に座った。


「……やっぱ手に持った方がいいよな」

「床に置いて膝立ちでもよさそうですけどね。手も地面につけて」

「でも恰好がつくのは片手に持ってもう片方を掲げるやつよね」


 そんなことはどうでもいいから早くやれ。


「んじゃ、とりあえずどっちもやってみっか」

「今日は後がないしいいわよ」

「終わったら貸してください!」

「おう、終わったらな」


 伏見はガッツポーズをしてそわそわし始めた。


「よし行くぞ」


 十万円が紙くずと化すかどうかの瞬間である。




 「告げる、彼方に在りし世界の神々よ


  告げる、此方に在りし世界の神々よ


      我は望む、其の世界との邂逅を


      我は求む、其の世界での邂逅を



(転移って……先輩異世界行こうとしてません?)

(さすがに厳しくないかしら)



      其れは我が魂が望む世界


      其れは我が魂が求む世界 


      輪廻と理を解き、世界繋ぎし門を開かれよ


      ()すれば使いとなりて降りたとう


      願う矮小(わいしょう)なる存在に慈悲を与えたまえ――


      「「次元(ディメンション)転移(テレポーテーション)」」!!」


 …………


 場は静寂に沈んだ。


「無理かぁ」

「転移なんて無茶ですよ」

「ん~、与えたもうじゃなくて与えたまえの方がよかったのかもね」


 きっとそういう問題じゃない。


「じゃあ、次はそっちにするか」


 舞人は魔法陣の真ん中に本を置き、詠唱の準備を整える。

 伏見は一度録画を止めて再度録画の準備をした。編集がめんどくさいので毎回これを繰り返している。


「次元転移じゃなくてテレポーテーション……いや「転移」のほうが――」


 「転移」言葉にした瞬間、本はひとりでに勢いよくページがめくれあるページで止まり直視できない光を放った。


「な、何!?」

「何が!!?宝賀先輩!無事ですか!」


 光が収まり、二人は目を開いた。

 しかし宝賀舞人に姿はどこにもなかった。本と共に。



 「異世界魔法に憧れて」開幕

      

      

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