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01.李 俊熙の一目惚れ

 李 俊熙は視鬼の才に恵まれなかったのにもかかわらず、産まれた時から麒麟の加護を携わっていた。それゆえに、産まれた途端に母親である蜂貴人と共に冷宮送りとされた。


 しかし、六年前――、俊熙が十二歳の時、一度だけ後宮の外に出たことがある。


 それが先帝と顔を合わせた最初であり、最後の謁見でもあった。


「――母上」


 俊熙は隣に座る母に声をかける。


「なんでしょう」


 蜂貴人は返事をした。


 二人だけの会話には慣れたものだった。蜂貴人の隣で険しい顔をしている父親である皇帝は、俊熙を見ようともしなかった。


 なぜ、四大世家が催す茶会に連れて来られたのか、わからない。


 催し物として舞いを披露したのは玄玥瑶とその娘の香月だった。玄武の舞と呼ばれる剣術を用いた舞に皇帝は視線を奪われていた。


「あの舞を踊っている子は誰ですか?」


 俊熙は問いかける。


 十歳の幼い少女が舞を披露している姿はかわいらしいものだった。母親と同じ動きを繰り返し、華麗に玄武の舞を披露していた。


「玄香月です」


 蜂貴人は香月の名を知っていた。


「玄家の次期当主と呼ばれている子ですよ」


「あんなに小さいのにですか?」


「玄家では実力がすべてです。賢妃様の姪にあたります」


 蜂貴人の言葉に俊熙は嫌そうな顔をした。


 当時の賢妃は蜂貴人を嫌っていた。忌々しい存在だというかのように、冷淡な態度を示し、必要に応じて嫌がらせをしていた。そんな相手に好感を持てなかった。


「賢妃様の姪ですか」


 それだけで距離が遠く感じてしまう。


 ……かわいらしいのに。


 賢妃と同じように俊熙を嫌うのだろうか。


 そう思うと心が痛んだ。しかし、視線は香月から外せない。


「諦めなさい」


 蜂貴人は俊熙の恋心に気づいていた。


 その恋心は抱いてはいけないものだった。


 だからこそ、諦めるようにと言葉を口にしたのだろう。


「あの子は玄家の次期当主となるのです」


 蜂貴人は香月に視線を向ける。


 懸命に踊っている姿は愛らしいものだった。


「李家の手が届く人ではありません」


「李家ではいけないのですか?」


「あの子の父親は李家の者です。立場は違えど、貴方の従兄妹になります」


 蜂貴人は玄浩然のことを知っていた。


 先々代皇后の虐殺を逃れた子の一人だ。玄家に婿養子として引き取られたことを聞かされたことがあった。


 玄家が力を持つ理由はそこにあった。


 皇帝の弟が当主を務めているのだ。それだけで発言力は増す。


 その力をさらに高めさせるわけにはいかなかった。


「諦めなさい」


 蜂貴人はそれ以上はなにも言わなかった。



* * *



 懐かしい夢を見た。


 冷宮の皇子であった頃、一度だけ後宮の外に出た時の夢だ。なぜ、先帝が浩然を外に連れ出したのか、わからないままだった。


「陛下。お目覚めですか」


 香月に声をかけられる。


 夢の中では諦めるようにと母親に言い聞かされた相手が目の前にいるというのは、なんとも言い難い感覚だった。


「今、目が覚めたところだ」


「すぐに飲み物を用意させます」


「いや、かまわない。香月、隣に来てくれないか」


 俊熙は手招きをする。


 それに香月は反発することもなく、素直に従う。


「……夢を見たんだ」


 俊熙は懐かしそうに眼を細めた。


 楽しいことなどなにもない日々だった。


 虐げられることを恐れているだけの日々だった。


 しかし、僅かな希望を胸に抱いた日の夢だった。


「蜂夫人の行方を捜査させた」


「お母上の捜査ですか?」


「そうだ。……やはり、亡くなっていたよ」


 蜂夫人は先代が亡くなられると同時に武官に下賜された。


 しかし、その後の行方がわからなくなっていた。


「灰のように消えて亡くなったそうだ」


 俊熙の言葉に香月は眉を寄せた。


 その言葉には心当たりがあった。


 昨年には同様の死に方をした者を見ている。数か月前には、朱家に戻された万姫が流行り病にかかり、亡くなった際、黒い灰のような姿になったと聞いている。


「呪術を使っていたのですね」


 香月の言葉に対し、俊熙は頷いた。


「先帝や兄弟たちを呪い殺したのは、母だったのだろう」


 俊熙の言葉は推測でしかない。


 証拠はなにも残っていなかった。


「優しい母だった」


 俊熙は目を閉じて、香月を抱きしめる。


「一度だけ。母に諦めるように言われたことがある」


「なにをでしょうか」


「香月を。香月を好きにはなってはいけないと言われたんだ」


 俊熙は蜂夫人がなにを考えていたのか、わからない。


 しかし、蜂夫人は俊熙を愛していたのだろう。だからこそ、我が子には手をかけるこおはしなかった。


「それを思い出したんだ」


 俊熙の手は震えていた。


 まるで蜂夫人が警告をしているかのように錯覚してしまう。


「俺は母にとって悪い子どもだな」


「なぜでしょうか」


「母の忠告を無視して、香月を強引に手に入れてしまった」


 俊熙は後悔をしていない。


 しかし、香月が後宮に入らなければ死ななくてもよかった命もあった。


「少し、一緒に寝てくれないか」


「少しの間でよろしければ」


「かまわない」


 俊熙に誘われるように香月も目を閉じた。


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