03-1.反乱
* * *
「陛下」
香月は玄武宮を訪ねて来た俊熙に膝をつく。
それを俊熙は困惑した顔で見つめていた。香月が膝をついているのには理由があることは、付き合いの中でわかりつつあった。
「反乱の恐れがございます」
「なに? 証拠を手に入れたのか」
「羅昭儀が反乱の証拠を手に入れてくれました」
香月は可馨から渡された手紙を差し出した。
俊熙はそれを受け取る。
その手紙は反乱の証拠となる。
「……宰相が裏切ると信じられないな」
俊熙は眉間に眉を寄せた。
手紙の内容は玄浩然を旗印として、皇帝である俊熙を討伐するというものだった。
「玄浩然は俺を裏切るのか?」
「父上のお考えは私にはわかりません」
「そうか」
俊熙は手紙を懐にしまった。
証拠隠滅をするわけにはいかなかった。
「香月はどうするつもりだ」
「陛下の指示に従います」
「なんだと? では、俺が父親を斬れと言えば斬るのか?」
俊熙は問いかける。
……父上を斬る?
考えもしなかった。
香月はその質問にすぐに答えることができなかった。
「ご命令とあれば」
香月は頭を下げる。
それは後宮妃としてではなく、武人としての意思表示だった。
……父上ならば、危険を承知で話に乗るだろう。
玄家は罰せられることはない。
玄家が欠けてしまえば、李帝国の守護結界は崩壊してしまう。その為には玄家は存続していなければならない。
それを知っているからこその反乱の企てだった。
「香月」
俊熙は縋るように香月の手を握った。
その手は幼い子どもが親を頼りにしているかのようだった。
「俺を助けろ」
俊熙は命令を下した。
その言葉に対し、香月はゆっくりと頭をあげた。
「承知いたしました。陛下。この身に変えてもお守りいたしましょう」
香月は迷わなかった。
迷っている暇などなかったのだ。
* * *
反乱が起きてしまった。
後宮を取り囲むように反乱軍が押し寄せている。それに対し、妃たちは怯えてそれぞれの宮に引きこもっている。
「これより先には通せませんわ」
先陣を切ったのは可馨だった。
慣れ親しんだ弓矢を手にとり、いつでも反撃はできるのだと強調をする。その隣には氷叡剣を手にした香月が立つ。
「かまわん。討て」
羅宰相は指示を出した。
娘である可馨がいるというのにもかかわらず、弓兵に指示を伝える。そのことに可馨は動じなかった。
「香月様。矢をすべて凍らせてくださいませ」
「それはできるが」
「その隙にわたくしが父を討ち取ります」
可馨は覚悟を決めていた。
「討て」
「凍れ」
羅宰相の合図と共に香月は氷叡剣を振るう。
放たれた矢はすべて凍り付き、地面に叩きつけられた。その隙に可馨は矢を放った。目的はただ一つ、羅宰相だ。羅宰相は油断をしていたのだろうか、それとも、可馨が弓を弾けるはずがないと思っていたのかもしれない。
羅宰相の左腕に矢が刺さった。
しかし、致命傷にはならない。
「失敗しました」
可馨は申し訳なさそうに言葉を口にした。
羅宰相は指示を出す人間だ。生きていれば指示を出し続けられる。
「かまわない」
香月は責めない。
既に敵は混乱状態に陥っている。
「情けないわね」
美雨は笑った。
その手には大剣が握られており、多くの侍女を武装させて控えさせていた。四夫人の中では反乱軍と戦う為に名をあげたのは美雨だけだった。
貴妃として戦わなければならないと自ら名をあげたのだ。
「私がいこうかしら?」
「貴妃は控えていてください」
「あら、そう? ずいぶんと自信があるのね」
美雨の提案を香月は断った。
……あの籠の中に父上がいるのだろうか。
正当性を求め、反乱軍は後宮を攻めてきた。皇帝である俊熙が玄武宮にいることを知っているからだろう。
どこからか、情報が洩れている。
それに気づきながらも、香月たちは抗うしかない。
……貴妃も信用はできない。
反乱軍が攻めてくると聞いても動揺をしなかった。
それどころか、活躍の場を求めているようだった。
「氷の剣よ」
香月は氷叡剣を構える。
「降り注げ」
香月の命令に従うように現れた無数の氷柱は反乱軍に襲いかかる。
避けられなかったものは、そのまま、凍り付き、地面に倒れ込む。
「香月」
遠くて名を呼ばれた気がした。
その声を聞き取ったのは香月だけだろう。
「……父上」
香月の氷叡剣を握る手が震える。
あの場に父がいたことが衝撃だった。
覚悟していたはずの気持ちが揺らいでしまう。
「香月様。李浩然は敵ですわ」
可馨は断言した。
玄浩然ではなく、皇帝の座を狙う李浩然として名を呼んだのには意味がある。旗印は李王朝の血を継いでいなければならないからだ。




