02.羅昭儀は玄香月に愛を語る
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羅 可馨は昭儀の地位を与えられた中級妃だ。羅宰相の娘という立場にあり、万姫から手駒のように扱われる中級妃たちを横目に見ながら、中立と言いう立場を保ってきていた。
そんな可馨は玄武宮で頭を下げていた。
香月が過剰な挨拶は必要ないと告げたのにもかかわらず、顔をあげるわけにはいかないと意地を張っている。
「昭儀。あなたはなにをしたいのだ」
香月は問いかける。
それに対し、可馨は頭を下げたまま、口を開いた。
「父上の告発をしにまいりました」
「なぜ、私にそれをする」
「陛下の寵愛をお受けになり、後宮内でもっともお強く美しい香月様だからこそ、わたくしは父を売ることにしたのです」
可馨は語る。
その言葉の信用性はない。しかし、その言葉が事実ならば歴史的大事件になるだろう。
「父上は反乱を企てております」
可馨は淡々とした声で告げた。
生みの親に忠誠を誓い、親を尊い存在として扱い、親の指示に従う。それが李帝国では一般的なことだった。
香月も浩然があやしい動きをしているとわかっていながらも、俊熙に告発をすることができなかった。
……なぜ、告発したのか。
それをして得られるものなど限られているはずだ。
「玄浩然を皇帝の座に就かせることが目的の反乱です。正当性はあります。玄浩然は先々代皇帝の息子です。父上は玄浩然こそが皇帝にふさわしいと思っています」
「なぜ、それを知っている?」
「わたくしに協力をするようにと手紙が届きました。この手紙を証拠の品として献上いたします。どうぞ、中身をお確かめください」
可馨は手紙を香月に差し出した。
……反乱の証拠か。
香月はその手紙を受け取るしかなかった。
「……羅宰相は娘を信用しているのだな」
香月は手紙に目を通し、思わず、言葉を口にしていた。
「はい。父上はわたくしが裏切るとは思っておりません」
「証拠を渡してよかったのか?」
「はい。わたくしが欲しいのは父上の信頼ではなく、香月様の信頼です」
可馨は本音を隠さない。
ゆっくりと頭をあげる。その眼は憧れの人を見つめるように輝いていた。
「香月様」
可馨は香月を賢妃と呼ばない。
それは賢妃の座に収まるべきではなく、もっと上の位に就くべきだと信じているからだ。妄信的な愛に香月も気づいていた。
……初めて会ったのだがな。
初対面とは思えなかった。
それほどに可馨は香月を妄信的に愛している。
「わたくしの功績が認められましたら、わたくしを香月様の侍女にしてくださいませ。羅家は落ちぶれてしまうでしょうが、それでも、わたくしだけは香月様の元で働きたいと思います」
「中級妃を侍女にはできない」
「昭儀の地位は返上いたします」
可馨は言い切った。
……本音か?
後宮では皇帝の一言によって成り上がることのできる場所だ。下女が下級妃や中級妃になることもありえる。誰もが皇帝の寵愛を夢見る場所に立ちながらも、可馨は香月の寵愛を求めた。
「香月様。わたくしは香月様のためならば、命を捨てる覚悟です」
「止めてくれ。私の為に死ななくていい」
「いいえ。わたくしの命はすべて香月様に差し上げます。ですから、香月様の姿を目にすることをお許しくださいませ」
可馨は過激な言葉を口にする。
それほどまでに香月に惚れ込んでいた。
「わたくしの愛を受け止めてくださいませ」
可馨の言葉を理解できなかった。
愛の為ならば父親を告発するというのは、香月には理解ができない。しかし、香月もそうしなければならない立場に立たされていることは理解した。
羅宰相が次期皇帝に推そうとしているのは、香月の父親だ。
李帝国の皇族の血を継ぐ者として、他にふさわしい人物はいない。
「それはできない」
香月は断る。
賢妃として後宮にいる限り、香月の愛はすべて俊熙のものだ。
「ご安心くださいませ。愛してほしいなどと欲張りはしませんわ」
可馨は笑った。
花のように愛らしい笑顔だった。
それは香月にしか見せない表情だ。
「香月様。皇后陛下にふさわしいお方は香月様だけなのです」
「……私は賢妃だ。玄家の人間として賢妃でいなければならない」
「事情は存じておりますわ。ですから、わたくしの独り言だと思って聞き流してくださいませ」
可馨はゆっくりと立ち上がった。
「手紙の件、陛下にお伝え願います」
「私が伝えていいのか?」
「はい。香月様に託します」
可馨は笑った。
今度はなにもかも諦めたような笑顔だった。
「父上の罪を暴いたのはわたくしです。どのような処罰も受け入れる所存だとお伝えくださいませ」
可馨の言葉を聞き、香月は本気なのだと悟る。
「わかった」
香月は返事をした。
その言葉を聞き、可馨は満足そうに微笑んだ。
「香月様」
可馨は愛おしそうに香月の名を口にする。
見返りを求めない愛は純粋なものだった。
「わたくしは香月様の幸せを願いますわ。どうか、玄家の香月様で居続けてくださいませ」
「どういう意味だ」
「そのままの意味ですわ。わたくしの愛する香月様は美しい存在であり続けてほしいだけですの。徳妃のように術に溺れるのは醜いですもの」
可馨の言葉には棘があった。
万姫が呪術を使っていることを知っていたようだ。
「香月様は美しくなければなりません」
可馨は愛を語る。
その言葉は盲目的な愛だった。




