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後宮妃は木犀の下で眠りたい  作者: 佐倉海斗
第四話 賢妃は諦めない
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01-3.徳妃と賢妃の争いの火種は消えない

「いいえ」


 雲婷は否定した。


「それは必要ありません」


 雲婷の言葉の意図を香月は理解をする。


 しかし、受け入れられるものではなかった。


「賢妃様には皇帝の御子を産んでいただなければなりません。死んだ者に囚われているのは、もう、おやめください」


 雲婷は笑った。


 息子の死を受け入れたのだ。二度と会えないのだと観念した。


 ……一番苦しいのは雲婷だ。


 侍女頭を務める雲婷は故郷に帰る選択肢は与えられなかった。玄武宮の侍女、女官、下女や宦官を束ねる者として、香月の傍を離れるわけにはいかない。


「……雲婷は強いな」


 香月は雲嵐のことを忘れられない。


 目の前で殺されたのだ。その衝撃を忘れることなどできない。


「私にはまだ時間が必要だ」


「かしこまりました。賢妃様。どうか、復讐に走らないでください」


「それは無理だな。既に玄家と朱家の争いの火種になっている」


 香月は浩然から送られてきた手紙を手にする。


 ……意外だった。


 公の場では穏やかな父親を演じているものの、実際は血の通っていないのではないかと思うほどに冷酷な父親だった。


 ……これほどまでに怒るとは。


 手紙では早々に朱家に抗議をすると書かれていた。手紙の節々から浩然の怒りを感じ取れる。


「父上はお怒りだ」


 香月の言葉に雲婷は目を見開いた。


「ご当主様がですか」


 雲婷も浩然が家族に対して愛情を抱いていないと知っていた。


 道具のように優れた者だけを寵愛する傾向があり、香月のことだけはかわいがっていた。それは自身の武器になると思っていたからだろう。


「四大世家の関係に亀裂が入ることを辞さないそうだ」


 香月はそれを望んでいたわけではない。


 しかし、起きてしまった出来事を報告しなければならなかった。


 それが香月に与えられた役割だからだ。


 ……父上。


 心が揺れ動く。


「賢妃様が狙われたのが許せなかったのですね」


 雲婷の言葉に対し、香月は頷いた。


 浩然は香月が狙われたことが許せなかった。


 ……なぜ、なのか。


 香月には理解ができなかった。


 手紙には娘の安否を心配する内容が書かれている。それは雲嵐の死を悼んでいるわけではなく、香月が狙われたことに対しての怒りと心配の声だった。


 ……羅宰相と繋がっているのに。


 嘉瑞から報告があった。


 それは玄家と羅家を行き来している羅宰相の姿を見たというものだった。


「父上はなにを考えておられるのか……」


「心配は必要ありません。ご当主様は玄家のことを思い、常に行動されるお方です」


 雲婷は香月を慰めるような言葉を口にする。


「……そうだろうか」


 それに対し、香月は不安だった。


「玄家の血を継ぐのは母上だ。父上ではない」


 香月は家を継ぐのは血を繋げることだと教わってきた。それを考えると浩然の言動は不自然だった。


「父上は皇帝の座でも狙っているのかもしれないな」


「まさか。陛下を守られるように賢妃様に命じられたのは、ご当主様でしょう」


「可能性の話だ。ありえない話だと私も思っている」


 香月はうっかりと口にしてしまった。


 ……ありえないのだ。


 自分自身に言い聞かせる。

 羅宰相とは知人の可能性もある。父の生まれを考えればありえなくはない。


「賢妃様。徳妃様が面会を求めております」


 梓晴は頭を下げて報告をする。


 ……面会か。


 苦情を言いに来たのだろう。


 手紙の内容だけは言い足りなかったのだろう。


「断ると伝えよ」


「かしこまりました」


 梓晴は深く頭を下げてから部屋を出て行った。


 ……顔を合わせる価値もない。


 万姫は怒り狂うだろう。


 それをわかっているものの、万姫に会う気にはなれなかった。


「よろしいのですか? 賢妃様」


「よくはないだろう。だが、会う気持ちにはなれない」


「雲嵐のことでしたら、聞き流してくださいませ。彼もそう望むでしょう」


 雲婷の言葉に対し、香月は首を横に振った。


「朱万姫とは性格が合わないだけだ」


「合う方がいらっしゃらないでしょう。徳妃というだけで敬意を払うふりをしているだけでございます」


「そういうものか」


 香月は呆れたような視線を窓の外に向けた。


 梓晴に対し、掴みかかろうとしている万姫の姿が遠くに見える。断られるとは思っていなかったのだろう。


 ……気性が荒いな。


 猫を被るのは止めたのだろうか。


「賢妃様」


「嘉瑞か。どうした?」


「報告がございます」


 嘉瑞は膝を付き、許しを乞う。


 その姿に視線を向けることもしなかった。


「話せ」


 香月は冷たい言葉を口にする。


 そうしなければ、また香月を庇って人が死ぬと思うようになっていた。守る価値のない主にならなければ、誰かが犠牲になろうとしてしまう。それを避けたかった。


 そう考えているだろうということは、侍女たちにはお見通しだった。


「羅宰相が玄家で会談を行うとのことです」


「内容は?」


「帝の安否に関わるものかと」


 嘉瑞の言葉を聞き、香月は窓の外から視線を外した。


「手を引くように伝えよ」


 香月の判断に対し、嘉瑞はなぜだと言いたげな顔をした。


「父上のことだ。会談を聞いた者を生かすはずがない」


 香月の言葉を聞き、嘉瑞は頷いた。


 会談が行われることを知ることができたのは最大の好機だった。


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