01-2.徳妃と賢妃の争いの火種は消えない
後宮で生き抜くための防衛手段として呪術を取得したのだろう。
……あの当主に限って、そのような真似をしないと思っていたが。
何度も面会をしたことがある。
朱家の当主は厳しい人だった。守護結界を維持することを最優先としており、その為には朱雀宮を常に人で満たしていなければならないと考えていた。
「朱家の当主は呪術を嫌っていたと思っていたのだが。私の勘違いだったようだな」
香月の言葉に対し、万姫はため息を零した。
それから勘違いをするなと言いたげな顔をした。
……見当外れの言葉だったか。
それを見て察する。
朱家の当主は万姫を後宮に送る候補としてでしか見ていなかった。末の娘としてかわいがったこともないのだろう。
「お父様もお母様も知らないわ」
万姫は香月の腕を掴んだ。
「あたしが見つけたのよ。朱家の隠し部屋からね」
「……独学で身に付けたとでも?」
「ええ、そうよ。すごいでしょ。キョンシーなんて初めて作ったのよ」
万姫は認めてほしかった。
初めて作り上げたキョンシーを討伐した香月ならば、キョンシーがいかに狂暴で恐ろしい怪物か、理解しているはずだ。
「それは恐ろしいな」
香月は腕を振り払った。
親しくするつもりはなかった。
「朱家のご当主が知れば、どう思うだろうな」
香月は万姫を唆す。
「知りたくないか?」
香月の問いかけに対し、万姫は目を輝かした。
報告をするという考えがなかったのだろう。
「褒められるかしら」
「どうだろうか。ご当主の考えは私にはわからない」
「そうよね。他人にはわからないわ。だって、あたしのお父様だもの」
万姫は敵対していることを忘れたかのように頬を赤らめて、褒められることだけを想像して笑った。だらしのない笑みだった。
それを見て香月は目を細めて笑顔を作って見せた。
「さっそく、手紙を送らなきゃ」
万姫は満足をしたようだ。
目的が変わったのだろう。
すぐに方向を変えて歩き出した。それに朱雀宮の侍女たちも続いて動いていく。
……気が済んだのか。
香月はため息を零した。
話をしているだけでも憂鬱だった。万姫とは性格が合わない。
「雲婷」
「はい。賢妃様」
「よく堪えたな」
香月は感心していた。
万姫の無神経な言葉に対し、香月ですらも手を出しそうになったのだ。それを雲婷は当然のことのように返事をしていた。
「覚悟をしておりましたので」
雲婷は堂々としていた。
……覚悟?
気分転換になればと散歩に誘ったのは雲婷だ。途中で誰かと遭遇するのは想定内だったのだろう。それが万姫だっただけのことだ。
「下女が朱雀宮の者と繋がっております。それを見逃す代わりに情報を得ておりました」
雲婷は語る。
その言葉に香月は耳を傾ける。
「賢妃様の気分を損ねたことを深くお詫び申し上げます」
「かまわない。私も、――いつまでも泣いているわけにはいかないからな」
香月は一瞬言葉を詰まらせた。
しかし、すぐに言葉を口にした。
「犯人は自白した。調査ができないのが惜しいところだな」
「四夫人の宮は無法地帯ですから」
「知っている。厄介な決まりを作ったものだよ」
香月は歩き始めた。
……父上に手紙を送らなければ。
キョンシーの件を手紙に書かなければいけない。
……朱家の件、父上に任せてもいいのだろうか。
後宮で度々起こる事件についても報告をする義務があった。香月はそれらの一部だけを報告していた。
* * *
三日後、万姫から抗議文付きの壺が贈られてきた。
壺の中身は蟲毒の失敗作である生きた虫たちが入っており、嫌がらせの一環として贈ってきたのだろう。
「徳妃は蟲毒が好きなのか?」
香月は壺の中身を見ながら、思わず、言葉にした。
……それとも、呪詛返しを恐れているのか。
万姫のお気に入りの中級妃であった林杏は蟲毒を返されたことにより、行方知らずとなっている。杏に蟲毒のやり方を教えたのは万姫だろう。それならば、わざと失敗したものを届けさせたのだろうか。
「虫を好まれる方は少ないでしょう」
雲婷は眉間にしわを寄せながら言った。
視線の先には香月がいる。香月は真剣な眼差しで手紙と壺を交互に見ていた。
「朱家の援助が一部切られたようだ」
「それはめでたいことですね」
「言動を諫める内容だったと書かれている」
香月は万姫の手紙を机の上に置く。
……どこまで本当なのか。
仲直りをしてもいいと万姫は言っていた。
しかし、万姫の行動により雲嵐を殺された香月は万姫を許すことができなかった。王一族の怒りは凄まじいものであり、玄家の当主である父に苦情の訴えがあったと報告を受けている。
朱万姫を玄家は許さない。
「徳妃を辞してもらわなければならない」
香月は万姫に対し、色々と思うことがあった。
万姫は強い者に媚びを売る。そうすれば、なにもかも上手くいくと信じて疑わない。自分より立場の低い者はすべて自分の意のままに動くと信じている。その姿が異常に思えてしかたがなかった。
香月は椅子に座る。
それから、雲婷を見た。
「雲婷」
「はい、賢妃様」
「必ず、雲嵐の仇は討つ」
香月の言葉に対し、雲婷は悲しそうな顔をしながら首を横に振った。
それを望んでいないようだった。
息子の死を受け入れてないわけではない。




