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後宮妃は木犀の下で眠りたい  作者: 佐倉海斗
第四話 賢妃は諦めない
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01-1.徳妃と賢妃の争いの火種は消えない

 雲婷の提案により、玄武宮の外を散歩していた香月となにやら探し物をしているようで周囲を見渡していた万姫の目があった。


 ……よりにもよって。


 もっとも会いたくない人物だった。


 雲嵐を失った悲しみが癒えていない。その元凶となった陳勇をキョンシーとして扱っていたのは、おそらく、徳妃である万姫だ。


 明明が持って帰ってきた情報を聞かされたことを思い出した。


「あらぁ。香月お姉さまではありませんかぁ」


 万姫は意気揚々と話しかけてくる。


 それを無視するわけにはいかなかった。


「……徳妃。ずいぶんと機嫌が良さそうだな」


「ええ、とっても。お姉さまは話し方を変えるのをやめたのねぇ?」


「貴女に敬意を払う必要性がないので」


 香月の言葉に対し、万姫は笑った。


 ……すべてを知っているのだろう。


 朱雀宮の情報を探らせたことも万姫はわかっている。気づいていながらも、わざとらしく情報を流したのだ。


 その対策が間に合わないと知っていたからだろう。


 ……汚らわしい。


 呪術は道士が扱うものではない。


 道士は気功を扱い、仙人への道を目指していく誇り高い存在だ。他人を呪い殺す為の術を好むわけがない。


 だからこそ、万姫が汚れて見えた。


「そうなのぉ? とっても、寂しいわぁ」


 万姫はわざとらしく泣き真似をした。


 それに同情するかのような仕草を見せる朱雀宮の侍女たちは、香月を非難するような視線を向けていた。


「お姉さま、宦官を死なせたのですってねぇ」


 万姫は笑った。


 その言葉に対し、香月は眉間にしわを寄せた。


 ……雲嵐のことをなぜ知っている。


 知られていないはずだ。


 玄武宮の情報が流れている。下女の誰かが朱雀宮と繋がっているのだろう。


 ……死なせたのは万姫のくせに。


 キョンシーを操っていたのは万姫だ。しかし、その証拠はない。


「あたしの持っている宦官でよろければ、分けてあげましょうかぁ?」


「断る。朱雀宮の間者を入れるつもりはない」


「あら、残念。玄武宮の情報を根こそぎいただこうと思っていましたのにぃ」


 万姫は楽しそうに本音を口にする。


 それから視線を雲婷に向けた。


「息子さんが亡くなった原因に仕えるお気持ちはどうかしらぁ?」


 万姫の問いかけに対し、香月は拳を握りしめた。


「こわーい」


 万姫はわざとらしく声をあげた。


 それに反応を示す者はいない。


「朱徳妃様。元凶は賢妃様がお倒しになりました。息子の仇を討ってくださった方に誠心誠意お仕えするのは当然のことにございます」


 雲婷は深々と頭を下げながら答えた。


 それに対し、万姫はおもしろくないと言いたげな顔をした。


「つまらない人を侍女頭にしているのね」


 万姫は香月に手を伸ばす。

 それは友好的なものではなかった。

 反射的に香月は手を振り払った。


「触らないでいただきたい」


 香月は拒絶の言葉を口にする。


「お姉さま」


 万姫は笑う。


「あたし、お姉さまが壊れてしまうまで追い詰めるつもりでしたのよ」


 万姫は自供した。


 その言葉がなにも意味を持たないと知っているからだ。朱雀宮があやしい動きをしていたとしても、それは反逆でない限り、手出しすることはできない。


 守護結界の維持をする為だけの四夫人には罪を問えない。


 後宮で飼い殺しにされているだけではなく、それなりの権限があるのだ。


「でも、失敗しちゃいました」


 万姫は笑っていた。


「キョンシーではダメでしたね。お姉さまはお強い方ですもの」


 万姫は再び手を差し出した。


「仲直りをいたしましょう? お姉さまがあたしの提案を断ったことを許してあげるわ」


 万姫の提案は一方的なものだった。朱家と対峙したくなければ、提案を飲まなければならない。しかし、香月にはそれができなかった。


「陛下の前で自白をするなら検討しよう」


 香月はその手をとらなかった。


 それに対し、万姫はおもしろくないと言いたげな顔をした。なにもかも自分の思い通りに進まなければ気が済まない人だった。


「陳勇を修儀に渡したのは徳妃だろう?」


「知らないわ」


「キョンシーに使ったのならば、知っていたはずだ」


 香月の言葉に対し、万姫は納得したように頷いた。


「お姉さまはお優しいのね!」


 万姫の言葉は香月の機嫌を逆なでる。


「宦官の名前なんて覚えていないわ」


 万姫はお気に入りの侍女の名前しか憶えない。それ以外は入れ替わりが激しく、覚えている価値もないと判断していた。


 二人の会話を聞かされているだけの双方の侍女たちは気まずいのだろう。互いに視線を逸らしていた。


「宦官はねぇ、ただの生きていることが許されているだけの道具よぉ?」


 万姫は甘えたような口調で煽る。


「それが死んだからって、泣くなんて、お優しいこと!」


 万姫は香月を見下していた。


 しかし、敵わない相手であると思い知り、擦り寄ろうと手のひらを返したのだ。


 ……話にならないな。


 朱雀宮に立ち入り捜査をすることもできない。

 朱雀宮の裏には朱家の存在がある。朱家が呪術を使うことを万姫に薦めたのだろう。


「徳妃。なぜ、呪術を使うのだ。あれは汚らわしい術だと教えられているはずだろう」


 香月は問いかける。


 それに対し、万姫は何度も瞬きをした。


「どうしてって、簡単なことよ」


 万姫は笑う。


 簡単な答えさえも分からないのかと見下しているようだった。


「気功や武術よりも簡単に扱えるもの」


 万姫は気功の才能がなかった。

 しかし、朱家の本家に生まれた貴重な女児である。後宮入りをさせる候補として育てられてきた。


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