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後宮妃は木犀の下で眠りたい  作者: 佐倉海斗
第三話 賢妃の才能は底知れない
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07-1.嫌がらせ

 翌日、玄武宮の玄関の前には大量の虫の死体が投げ込まれていた。

 梓晴は玄武宮の中庭の片隅に穴を掘り、虫の死体を次々に放り込んでいく。


「梓晴。掃除は下女にさせるように伝えたはずだが」


 香月は日課としている修練をしようと中庭に出てきていた。


 それに気づいた梓晴は慌てて穴を隠すように土をかぶせた。


「梓晴? なにをしている?」


「死んでいた虫を土の中に埋めていました」


 梓晴は素直に答えた。


 その手が土で汚れていることに気づき、梓晴は慌てて距離をとる。香月に汚れを付けるわけにはいかなかった。


「顔と手を洗ってくるといい。土で汚れているよ」


「はい。香月様」


「賢妃だ。また雲婷に怒られるぞ」


 香月の言葉に対し、梓晴は目を逸らした。


 玄家の当主候補であった頃から梓晴は香月に仕えている。その名残を簡単に消してしまうことはできなかった。


「香月様」


 梓晴は乞うように名を呼んだ。


「後宮に染まらないでください」


 梓晴は香月の護衛を兼ねている侍女だ。


 試験を受けて合格した女官とは違う。下女を束ねる立場にあるというだけであり、香月の気分によっていつでも切り捨てられる存在だ。


 そのようなことを香月はしないと信じていた。


 しかし、後宮では気に入らないという理由で放り出された侍女が下女となり、仕事をしている姿を見たことがあった。


 だからこそ、後宮のやり方に染まらないことを願ったのだろう。


「わかっている」


 香月は安心させるように答えた。


「後宮のやり方は私の好ましいものではない」


 香月は後宮の仕組みを理解している。


 後宮は次代の皇帝や公主を育てる場所だ。皇帝の跡継ぎを産む為だけに多くの女性が集められている。そのような場所だからこそ、互いの足を引っ張り合う。


 ……虫が捨てられていたのも嫌がらせの一環なのだろう。


 多くの女性が虫を嫌がると知っているからこその行動だろう。


「明明から話は聞いたか?」


 香月は梓晴に問いかける。


 その問いかけに対し、梓晴は頷いた。


「はい。徳妃は香月様を敵に回されるおつもりのようですね」


「厄介なことになった」


「なぜですか? 香月様の敵ではないでしょう」


 梓晴は疑問を口にした。


 香月は玄家の中でも最上位に位置する実力者だ。その実力は当主である父を超えている。玄家では誰も香月に勝てる者はいなかった。


「朱家を敵に回すつもりはなかったからな」


 香月は手にしていた槍を振るう。


 宝貝は大剣の形をしているが、もっとも使い慣れた武器は槍だ。修練では槍を使うことが多いのは、使い慣れているからである。


「徳妃の行動を朱家が支持するとは思えません」


 梓晴の言葉に対し、香月は首を左右に振った。


「徳妃の行動は朱家の指示によるものだ」


 香月は万姫の幼い思考を知っている。


 嫉妬深く、誰よりも優遇されるべきであると思っていることも、先日、思い知らされたばかりである。


 空は青々としていた。


 季節は移り替わろうとしている。数日前までは咲く気配のなかった木犀の蕾が膨らんでおり、季節の変わり目を知らせようとしているかのようだった。


 後宮には多くの花々が植えられている。


 どの季節でも花が咲くようになっているのだ。


 その中でも木犀の木は玄武宮にしかなかった。


 香月が木犀を気に入っていることを知った俊熙は、今年中に咲きそうな木犀の木を何本も玄武宮に植えさせたのだ。


「朱家の本家には幼い子がいない」


 香月は四大世家の会合を通じて知っている。


 朱家の本家の末っ子は万姫だ。


 分家には幼い子どもがいるものの、後宮に嫁がせるわけにはいかなかった。朱家は後宮に嫁がせるのは本家の出身の者と決めている。そうでなければ、利権を本家が独り占めできないからだ。


「徳妃の交代はありえない。それならば、徳妃の行動を支持していると考えてもおかしくはないだろう」


 香月の考えは的中していた。


 朱家は万姫を甘やかしてご機嫌をとっている。そうしなければ、万姫の悪意は朱家に向けられることになりかねないからだ。万姫の性格を知っているからこその方針だった。


 とはいえ、香月と敵対することを望んでいるわけではない。


 朱家と玄家の争いとなれば、四大世家の協力関係が崩れることになる。


「梓晴」


 香月は空を見上げながら、梓晴の名を呼んだ。


 その顔は険しいものだった。


「すぐに皆に武装して中庭に出るように伝えよ」


 香月は槍を梓晴に持たせる。


「氷叡剣」


 香月は宝貝を呼び出した。


「なにが――。ひぃっ!?」


 梓晴は香月の言葉が気になったのか、香月が見つめている方向を見ると悲鳴を上げて飛び上がった。


 塀の上に黒く変色をした人が立っていた。


 顔には札が張られており、両腕は前に突き出している。なにを考えているのか、塀の上から降りては来ず、様子を伺っているようだった。


「明明! 皆に武装して中庭に出るように伝えて!」


 梓晴は槍を持ち直し、香月の隣に並ぶ。


 前に出れば香月の邪魔になりかねないとわかっているからだ。


 騒ぎを聞きつけた明明は指示をされた通りに、すぐに玄武宮の中に入っていく。梓晴の悲鳴を聞いた下女たちは面白半分で顔を出したが、すぐに悲鳴をあげて腰を抜かしていた。


 ……守らなければ。


 その様子を香月は理解していた。


 本来、守られるべきなのは玄武宮の主である香月だ。香月が率先して前に出るべきではない。

 それはわかっていた。


 しかし、何者かの手によってキョンシーと化した怨霊を相手にできるのは、香月だけだった。


「賢妃様!」


 真っ先に武装をして駆け寄ってきたのは雲婷だった。


「雲婷。陛下に陳勇がキョンシーとして姿を見せたことを伝えに行ってほしい」


 香月は文を書く余裕もない。

 それならば、侍女頭の雲婷を伝令として使うべきと判断した。


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