表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後宮妃は木犀の下で眠りたい  作者: 佐倉海斗
第三話 賢妃の才能は底知れない
52/67

05-3.徳妃の本性

「……話にならないな」


 俊熙は香月の腕を掴んだ。


「行くぞ、香月」


「かしこまりました」


 香月はすぐに返事をする。


 杏のところに向かうつもりだろう。手紙を出さずに出向くのは失礼にあたるものの、それを機にしている余裕はなかった。


 二人は万姫に背を向けて歩き出した。


 ……林修儀。


 噂は聞いたことがある。


 護衛の為に宦官を多く雇っているものの、杏は宦官を美しくないと嫌っている。気に入らないことがあれば杖刑に処し、動けないようにしてから、解雇する。そんな悪い噂が後宮中で流れていた。


 誰もがその噂の真意を探らない。


 悪い噂は尾びれ背びれをつけて大きくなっていき、次第に、悪い霊を呼び寄せる餌となる。


 後宮中で悪霊の目撃がいまだに耐えないのは、さまざまな噂が飛び交っているせいだろう。


 ……殺人を犯したのか?


 杖刑で人が死ぬことがある。


 それを理解せず、加減をしない者も少なくない。


「待ってください!」


 万姫は二人を引き留めた。


 わざとらしく体を揺らし、転びそうになったかのように装ってから、俊熙の背中に抱き着く。


「離せ! 無礼だぞ。徳妃!」


「ごめんなさいっ! わざとじゃないんですぅ!」


 万姫は驚いたように飛び跳ねて距離をとった。


 俊熙が声を荒げるとは思わなかったのだろう。


 ……驚いた。


 香月も驚いていた。


 ……陛下は誰に対しても穏やかな人だと思い込んでいた。


 俊熙も人間だ。


 いらだつ相手に抱き着かれてしまえば、反射的に声を荒げてしまうこともある。


「香月お姉さまもあたしを嫌うんですか……?」


 万姫は目に涙をためて問いかける。


 ……子どもの相手をさせられている気分だ。


 少なくとも玄家ではそのような経験はなかった。甘えた言葉を口にすれば、修練が足りていないと怒られることだろう。なにより、万姫のように修練もせず、気功もまともに扱えない状態のまま、生き抜くことはできない。


 ……朱家はなにを考えているのか。


 半年以上前に顔を合わせをした朱家の次期当主候補は、まともな青年だった。香月よりも五つ上の青年であり、年齢を考えると万姫の兄であろう。


「嫌いません」


 香月は万姫に背を向けたまま、答える。


 四夫人の中で好き嫌いなどと言っている場合ではなかった。


「そう、よかったぁ」


 万姫は笑う。


「お姉さま。友好の印に宦官を交換しましょう」


 万姫は提案する。


 それに対し、香月は眉間にしわを寄せた。


「宦官は物ではありません」


「物扱いで十分だわ。だって、宦官だもの」


「理由になっていません」


 香月は不快な思いをさせられていた。


 それは俊熙にも伝わっていたのだろう。


「その提案には応じることはありません。徳妃。二度とそのような提案をしないでいただきたいです」


 香月は淡々とした声で拒絶をした。


 その言葉を聞き、万姫の表情は曇る。


「あたしの提案を断るの?」


 万姫には理解ができなかった。


 宦官の交換を提案して断ったのは、美雨、梅雪に続き三人目だ。


「賢妃のくせに」


 万姫は舌打ちをした。


 香月に与えられている賢妃は四夫人の中で四番目の地位に位置している。しかし、代々玄家が継承しているというだけであり、実際には四夫人は平等という扱いを受けている。


 そのことを万姫は理解していなかった。


 四夫人の序列を信じ、賢妃は自分の下にいるべきだと思っていた。


「徳妃。四夫人は平等だ」


「違います、陛下。徳妃は三番目、賢妃は四番目です」


「それは公のものだ。実際の扱いは違う」


 俊熙の言葉に対し、万姫は反抗的に言い返す。


 気に入らないことがあれば、なにもかも投げ出す癖があった。


「陛下。陛下が寵愛するべきなのは、朱家の出身であるあたしです」


 万姫は甘えるような口調を止めた。


「徳妃こそが皇后に――」


「それ以上の言葉は聞きたくない」


 万姫の訴えを俊熙は遮った。


 ……皇后になりたかったのか。


 四夫人の中から皇后が選ばれる可能性は低い。四夫人は寵愛を受けて選ばれているのではなく、四大世家から守護結界を維持する為だけに選出されているだけである。


 そこに皇帝の寵愛は与えられなかった。


 閉じ込められた籠の中の鳥のように、飼い殺しにあうだけだ。


「他家を敵に回したくなければ、無駄な夢を見るのは止めろ」


 俊熙は冷たい言葉をかけて、再び歩き出した。


 香月の腕を掴み、強引に香月を連れて行く。


「……香月お姉さま」


 万姫は地を這うような声で香月を呼んだ。


 それに振り返ることさえもできない。


「あたしの提案を断ったこと、泣くまで許しませんからね」


 万姫は茶会の時の顔とは違った。


 茶会の席では香月を姉のように慕い、その功績を称えないのはおかしいのだと言ってみせていた。誰よりも子どもらしく、無邪気に振る舞っていた。


 ……おそろしい。


 その姿は作り物だったのだろう。


 変貌の仕方に恐怖を覚えた。


 ……あれが徳妃の本性か。


 香月が泣いて詫びるまで攻撃の手を止むつもりはないのだろう。なにをしてくるのか、わからない。しかし、藍洙のように怨霊になってまで恨みを晴らそうとするほどに苛烈な嫌がらせが待っていることだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ