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後宮妃は木犀の下で眠りたい  作者: 佐倉海斗
第三話 賢妃の才能は底知れない
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05-2.徳妃の本性

「どうにかして、香月お姉さまの弱みを握れないかしら」


 万姫は四夫人の頂点に立ちたかった。

 実際の評価は四夫人の最下位であるとは知らず、侍女に持ち上げられるがままに調子に乗っていた。


「宦官を利用なさってはいかがでしょうか」


「使えるの?」


「朱雀宮の宦官ではなく、玄武宮の宦官でございます。玄家の人間を宦官にしたと話を聞いたことがございます」


 蘭玲の言葉を聞き、万姫は考える。


 宦官を護衛以外で使うことは考えられなかった。失敗をした時には解雇をすればいいだけの相手であり、朱家からの補充が足りなくなることはない。


「一族の人間を宦官にするのは朱家も同じよ」


 万姫の言葉に対し、蘭玲は頷いた。


「玄武宮の宦官と朱雀宮の宦官の交換を提案するのです。そうすれば、相手の情報を得られます」


 蘭玲の提案は危険なものだった。


 玄武宮の情報を手に入れる代わりに、朱雀宮の情報を差し出すようなものだ。しかし、なにも提案しなければ罰が与えられる。それを回避するために危険な情報は口には出さず、うまみのある話しかしない。


「弱点がなければ作ればいいのです」


「どうやって?」


「見た目の美しい宦官を相手に渡しましょう。そうして、賢妃を骨抜きにしてしまえばいいのです。宦官に現を抜かす妃など寵愛を得られるはずがありません」


 蘭玲の言葉に対し、万姫は首を傾げた。


 宦官に興味がなかった。


「宦官に興味がある人間なんているのかしら」


 万姫の問いかけに対し、蘭玲は頷いた。


「綺麗な宦官を好む妃はおります」


 蘭玲は答えた。


 宦官と恋に落ちる妃がいなかったわけではない。去勢されているとはいえ、男性には変わりはなく、言葉を交わしているうちに恋に落ちたという話はどの時代にもあった。


「そうね。言われてみれば、修儀は宦官集めをしていたわね」


 万姫は交流のある中級妃のことを思い出した。


 中級妃の一人である修儀の位を与えられている女性、(リン) (シン)は宦官を集めていた。しかし、寵愛しているわけではない。使い捨ての駒として都合が良い宦官を集め、自身の手足のように動かしていた。


 その考えは万姫と杏の共通点だった。


 同じ考えを持つ同士として万姫は杏のことを気に入っていた。


「林杏に伝えてちょうだい」


「はい」


「賢妃の情報をあたしに流すようにね」


 万姫は笑う。


「賢妃の座から引きずり降ろしてあげるわ」


 万姫は香月のことが気に入らなかった。


 万姫は自分よりも目立つ相手に媚びを売る話し方をする癖があるのだが、隙があれば全員引きずり降ろしたいと思っている。


 その対象は後宮入りをしたばかりの香月に向けられた。


「かしこまりました」


 蘭玲は快く返事をした。



* * *



 朱雀宮は盛大に迎えをしてくれた。


 ……手紙の意図を理解していないな。


 疑われているのだと伝えたのも同然だったはずだ。それなのにもかかわらず、朱雀宮の侍女や下女、宦官まで勢ぞろいで俊熙と香月を迎え入れた。


「徳妃。宦官の数は五人で間違いないか?」


「間違いないですぅ」


「不審な動きをする者はいたのではないか?」


 俊熙の問いかけに対し、万姫は首を傾げた。


 ……わざとか?


 あざとい仕草をしているようにも見える。


 本気で問いかけに答えようとしているようには見えなかった。


「わからないですぅ」


 万姫は首を傾げたまま、答えた。


 両手を口元に当て、考えた結果の答えだと言わんばかりの顔をする。上目遣いで俊熙の様子を伺う姿は、香月にとって不愉快だった。


 ……気色の悪い。


 十三歳の子どものすることだ。


 わざとらしさが見えなければかわいらしかったのかもしれないが、意図的に振る舞っている姿を見るとなんとも言えない不快感に襲われる。


「宦官に興味を持ったこともないですし、なにより、陛下がいるのに宦官なんて興味を持つのが無理ですよぉ」


 万姫の答えに対し、俊熙は眉間にしわを寄せた。


 ……後宮入りをした日にしか訪ねなかった理由がわかる気がする。


 万姫はなによりも自分を優先させる。その態度が他人を不快な気持ちにさせているとは知らず、万姫のわがままを貫こうとする。自分の理想通りに人々が動くものだと信じて疑わない。


「宦官の入れ替えが激しいようだが、その理由はなんだ?」


 俊熙は問いかける。

 それに対し、万姫は瞬きを何度もした。


「使えないから解雇をしただけですよぉ」


 万姫はそれがどういう意味なのか、知らない。


 気に入らないから解雇した。


 解雇された後の宦官がどのような目に遭ったのか、万姫は知らない。一方的に解雇しただけなのだ。


「解雇した宦官はどうした?」


「欲しがっている子にあげましたぁ」


「それは誰のことだ」


 俊熙の言葉に対し、万姫はにこりと笑った。


「修儀ですわぁ」


 万姫は迷うことなく、杏を売った。


 ……修儀か。


 中級妃だ。


 元々狙いをつけていた相手の名だった。


「修儀は宦官を集めるのが好きなのよ。変わり者だけど、いらないものはいらないって判断できるから、あたし、仲良くしてるんです」


 万姫の言葉遣いが乱れた。


 普段から綺麗な言葉を使っていなかったからだろう。


「差し出した宦官の名は?」


「知りませんわぁ」


「元々は朱雀宮の宦官だろう。なぜ、名前を隠そうとするんだ」


 俊熙はいらだちを隠せなかった。


 それに対し、万姫はなにも気づいていない。


「だってぇ。興味がないんですもん」


 万姫は笑いながら言い切った。


 宦官は使い捨ての道具としか思っていないのだろう。


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