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後宮妃は木犀の下で眠りたい  作者: 佐倉海斗
第三話 賢妃の才能は底知れない
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04-5. 呪いの痕跡と不自然な宦官

 ……宦官の死は下女よりも軽い。


 事故として処理をされてしまうことだろう。


 宦官は罪人だ。たとえ、罪を犯していなくても宦官というだけで罪人を見るような目で見られることになる。そのような立場に立たされてもなお、自らの意思で宦官となる道を選ぶ者もいる。


 そのことを俊熙も知っていた。


「陳氏は罪人ではなかったのですか?」


 香月は問いかけた。


 仕事ができるという理由だけでサボり癖を黙認されていた人物だ。俊熙にとって特別な存在であった可能性が高い。


「そうだ」


 俊熙は視線を勇に向ける。


 その眼は冷たいものだった。


 裏切られたことを信じたくない気持ちと、裏切られた憎しみが混ざり合っていた。


「先帝の怒りを買い、宦官になった」


 俊熙は懐かしむような口調で話を始めるが、視線は冷たいままだった。


「先帝の前で冷宮の皇子を庇った。それが陳勇の罪だ」


 俊熙は自らのことを冷宮の皇子と称した。


 過去は変えられない。


 見鬼の才がないと判断され、麒麟の寵愛を受けているのにもかかわらず、母子揃って冷宮送りとなった三年前までの日々は俊熙にとって最近の出来事に過ぎなかった。


「……それは先帝にとっての大罪だったのでしょうね」


「そうだろう。冷宮に関しては生きていればいいという扱いだったからな」


「それでも彼は庇われたのですね」


 香月は俊熙に寄り添った。


 ……信頼していたはずだ。


 冷宮時代からの付き合いだった。皇帝となってからも傍に置いていたのは、当時の庇われた記憶が鮮明に残っていたからだろう。


 罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。


 男として威厳を奪われても生きなければならない勇に対し、俊熙は罪の意識を抱えていたのかもしれない。


 ……どれほどに傷ついたことだろう。


 香月は俊熙に寄り添うことしかできない。


 香月が気になったことを口にさえしなければ、俊熙は勇に庇われた過去を思い出さなくてもすんだかもしれない。


 そう思うと、罪悪感で圧し潰されそうだった。


「陛下」


 香月は俊熙を見上げる。


「私は陛下の傍におります」


 香月の言葉を聞き、俊熙は笑みを零した。


「それは先日の返事でいいのか?」


 俊熙の言葉に対し、香月は首を傾げた。


 ……先日の返事とは?


 心当たりがなかった。


 いろいろなことが起きすぎて細かいことまで思い出せない。


「なんのことでしょう?」


 香月は問いかける。


「恋い慕うという意味の言葉で間違いはないかと、そういう意味だ」


 それに対し、俊熙は香月の髪に触れながら、答えを返した。


 ……以前、言われたことか。


 ようやく、意味が分かった。


 黄藍洙の検視を行っていた際に言われた言葉だ。


「そうですね」


 香月は肯定した。


 ……恋や愛はいまだにわからない。


 それを知らずに生きてきた。


 初恋の相手は雲嵐だろう。しかし、守らなければいけない弱い相手という認識もあり、幼馴染であるからこその距離感を恋と認識していたのかもしれない。


 香月は初恋だったという自覚はない。


 傍にいるのが当然だった。


 傍にいなければいけない相手だった。


 それが雲嵐という存在だった。離れていても彼が幸せになってくれるのならば、それでいいと心の底から思えるような相手だった。


「お慕いをしているのは間違いないでしょう」


 香月は愛の言葉を口にする。


 自信はなかった。

 しかし、その言葉が香月が俊熙に抱いている感情の答えであると判断した。


「そうか。それは嬉しい答えだ」


 俊熙は嬉しそうに笑った。


「しかし、前回も――」


 俊熙の言葉を遮るように宦官たちが騒がしくなった。


 俊熙は声がする方へと視線を向ける。そこにあるべき遺体の姿がなく、欠けられていた布だけが落ちていた。


 ……消えた?


 香月はすぐに勇の遺体があった場所に駆け寄る。

 そして、宦官の制止を聞かず、布を持ち上げた。


 そこにはあるべきものがなにもない。黄藍洙の時のように灰が残っているわけではもなく、なにも残っていなかった。


 ……遺体を回収した?


 なぜ、そのようなことをしたのか。


 ……まさか。


 頭を過るのは守護結界が割れた日に考えていたことだった。


 ……キョンシーを作り出す気か?


 憶測にすぎない。


 それを口に出すことさえも恐ろしい推測だ。


「逃げられたか」


「陛下。遺体は動きません」


「そうだな。だが、実際に逃げられただろう」


 俊熙は香月を立たせる。


「ここは宦官に任せよう。調べなければいけない場所がある」


「中級妃のところですか?」


「いや、朱雀宮だ」


 俊熙はめんどうそうな顔をした。


「調べ物はできないが、立ち入ることならばでいるだろう?」


 俊熙の提案に対し、香月は頷いた。


 ……話をしながら情報を掴めるかもしれない。


 万姫の性格を考えれば、情報を口にする可能性が高い。


「かしこまりました」


 香月は返事をした。


「陛下の付き添いをいたします」


 香月が付き添うことで万姫はどのような態度を示すか、わからない。お茶会の席での態度が性格によるものならば、香月の訪問を歓迎するだろう。


 ……お茶会の席が本性とは限らない。


 猫を被っている気がしてしかたがなかった。


 本性はもっと恐ろしく無邪気な気がしてしかたがない。

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