04-4. 呪いの痕跡と不自然な宦官
話は盛り上がった。
夜明けまで話をし続け、互いに知らぬ間に疲れて眠ってしまっていた。
* * *
翌日、宦官の死体が発見された。
それは俊熙に仕えている宦官の一人であり、後宮を出入りしている人物の一人だった。黄藍洙の検視を行っていた宦官だ。
「陛下」
「陛下がいらっしゃるわ」
「見なさいよ。また、賢妃と一緒よ」
宦官の死の噂を聞き、様子を見に来ていた下女たちがひそひそと話をしていた。
「陛下」
検死を行っていた宦官が俊熙に気づき、最敬礼の姿勢をとる。
「報告をしろ」
俊熙の視線は布に包まれている宦官に向けられた。
離れたところで死臭がするほどに腐敗が進んでいた。
「はい。陳 勇は、黄妃の検視にも立ち会っていたはずなのですが、腐敗から見ると死後一週間以上は経過しているものと思われます」
宦官、陳勇は黄藍洙の検視を行っていたはずだ。
それは香月も見ている。
しかし、変わり果てた姿で見つかったのは陳勇で間違いはなかった。
「成り代わりか」
「おそらくは。呪術の痕跡も見つかっております」
「そうか。引き続き、調査を進めろ」
俊熙は指示を出した。
「賢妃。遺体を見ようとするのではない」
「すみません。魔が差しました」
「悪い癖だ。不浄のものに触れるのはよくない」
俊熙に手招きをされ、香月は俊熙の隣に戻る。
呪術の痕跡を見つけ、興味本位で近寄ってしまったのは失敗だった。
「呪術の痕跡がはっきりと残っています。陛下。かなりの手練れによるものかと思われます」
香月の言葉を聞き、俊熙はため息を零した。
身近な宦官さえも信用できなくなってきてしまった。
「成り代わりではなく、同一人物かもしれません」
「腐敗が進んでいるのだぞ?」
「腐敗は呪術を使えば進行させられます」
香月は似たような死に方をした一族の人間を視たことがあった。呪術を扱えばどのような目に遭うのか、それを香月たちに教える為の犠牲者だった。
その時も意図的に腐敗を進める呪術を使っていたはずだ。
死後どれほどの日数が経過しているのか、わからないようにする呪術が存在する。なにより、人を呪えば呪うほどに、自身の寿命や見た目を削ることになる。
「陳氏は時々いなくなりませんでしたか?」
「確かに。サボり癖のある宦官だったはずだ」
俊熙は宦官一人一人に気を配ったりはしない。
勇はサボり癖が有名な宦官だった。仕事は早くて有名だったのだが、それ以上にふらりといなくなることが多い。解雇されなかったのは仕事が誰よりもできたからである。
「罰せられたりはしなかったのですか?」
「しなかったな」
俊熙は甘かった。
勇はそういうものだと諦めてしまっていた。与えられた仕事量はこなすのだから、他の時間は好きにさせてしまった。
それほどに信頼をしていたのだ。
宦官は嫌われ者だ。ほとんどが罪を犯して宦官になっている。それゆえに、居場所は主の元にしかない。
だからこそ、裏切るはずがないと思っていた。
「どこにいたとこか、誰と会っていたとか、それさえわかれば……」
香月は考える。
……香の匂いがする。
遺体の腐敗臭に紛れて香木の匂いが混ざっていた。
……どこかで。最近、嗅いだ匂いだ。
独特な香木を使っているのだろうと考えたことがあった。
「……徳妃……?」
香月は幼い口調が目立つ万姫のことを思い出した。
思わず口にしてしまったことに気づき、慌てて、俊熙を見上げる。
「陛下。徳妃の香は独特のものを使っておりませんか?」
香月は嘘であってほしいと思いながら問いかける。
それに対し、俊熙はしばらく考え込んでいた。
「西から取り寄せているらしいと聞いたことがある」
俊熙はうろ覚えの記憶を頼りに答えた。
「そういえば、徳妃のお気に入りの中級妃にも同じ香りの者がいたな」
「中級妃ですか。彼女を調べることはできますか?」
「中級妃ならばできるだろう」
俊熙は香月の直感を疑わなかった。
「徳妃の調査はできないということですか?」
香月の問いかけに対し、俊熙は頷いた。
……万が一の事態に備えてあるのか。
四夫人の一角が欠けるような事態は起きてはならない。その為、後宮内で彼女たちを罰することはできない。
……危険なことを。
守護結界を維持する為だと香月もわかっている。
しかし、四夫人は四大世家の実力者ばかりが集められている。調査の手すらも入れられないとなれば、国の乗っ取りを企んでいたとしてもわからない。
「朱雀宮に文を渡す。それが精一杯だ」
傍にいた宦官に指示を出す。
その場で用意された紙と筆を使い、宦官の背中を机のように扱い、手紙を書いていく。
「これを朱雀宮に届けろ」
「かしこまりました」
机のように扱われていた宦官は当然のように返事をした。
俊熙から手紙を受け取り、深々と頭を下げた後に走り出した。
「宦官をあのように扱っているのですか?」
「緊急事態の時だけだ」
俊熙は困ったように答えた。
「香月のところの宦官は身内だったな」
俊熙は視線を逸らした。
……身内に甘いとでも言いたいのだろう。
それはお互い様だと言いたかった。
しかし、香月は頷くだけにした。
「宦官を信用するな」
俊熙は自分自身に言い聞かせるかのように言葉を口にした。
「彼らは等しく罪人だ。罪を犯してなくてもそのような扱いを受ける」
俊熙の言葉に対し、香月は視線を逸らした。
視線は布に包まれている勇の遺体に向けられていた。




