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後宮妃は木犀の下で眠りたい  作者: 佐倉海斗
第三話 賢妃の才能は底知れない
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04-4. 呪いの痕跡と不自然な宦官

 話は盛り上がった。

 夜明けまで話をし続け、互いに知らぬ間に疲れて眠ってしまっていた。



* * *



 翌日、宦官の死体が発見された。


 それは俊熙に仕えている宦官の一人であり、後宮を出入りしている人物の一人だった。黄藍洙の検視を行っていた宦官だ。


「陛下」


「陛下がいらっしゃるわ」


「見なさいよ。また、賢妃と一緒よ」


 宦官の死の噂を聞き、様子を見に来ていた下女たちがひそひそと話をしていた。


「陛下」


 検死を行っていた宦官が俊熙に気づき、最敬礼の姿勢をとる。


「報告をしろ」


 俊熙の視線は布に包まれている宦官に向けられた。


 離れたところで死臭がするほどに腐敗が進んでいた。


「はい。(チン) (ヨン)は、黄妃の検視にも立ち会っていたはずなのですが、腐敗から見ると死後一週間以上は経過しているものと思われます」


 宦官、陳勇は黄藍洙の検視を行っていたはずだ。

 それは香月も見ている。


 しかし、変わり果てた姿で見つかったのは陳勇で間違いはなかった。


「成り代わりか」


「おそらくは。呪術の痕跡も見つかっております」


「そうか。引き続き、調査を進めろ」


 俊熙は指示を出した。


「賢妃。遺体を見ようとするのではない」


「すみません。魔が差しました」


「悪い癖だ。不浄のものに触れるのはよくない」


 俊熙に手招きをされ、香月は俊熙の隣に戻る。


 呪術の痕跡を見つけ、興味本位で近寄ってしまったのは失敗だった。


「呪術の痕跡がはっきりと残っています。陛下。かなりの手練れによるものかと思われます」


 香月の言葉を聞き、俊熙はため息を零した。


 身近な宦官さえも信用できなくなってきてしまった。


「成り代わりではなく、同一人物かもしれません」


「腐敗が進んでいるのだぞ?」


「腐敗は呪術を使えば進行させられます」


 香月は似たような死に方をした一族の人間を視たことがあった。呪術を扱えばどのような目に遭うのか、それを香月たちに教える為の犠牲者だった。


 その時も意図的に腐敗を進める呪術を使っていたはずだ。


 死後どれほどの日数が経過しているのか、わからないようにする呪術が存在する。なにより、人を呪えば呪うほどに、自身の寿命や見た目を削ることになる。


「陳氏は時々いなくなりませんでしたか?」


「確かに。サボり癖のある宦官だったはずだ」


 俊熙は宦官一人一人に気を配ったりはしない。


 勇はサボり癖が有名な宦官だった。仕事は早くて有名だったのだが、それ以上にふらりといなくなることが多い。解雇されなかったのは仕事が誰よりもできたからである。


「罰せられたりはしなかったのですか?」


「しなかったな」


 俊熙は甘かった。


 勇はそういうものだと諦めてしまっていた。与えられた仕事量はこなすのだから、他の時間は好きにさせてしまった。


 それほどに信頼をしていたのだ。


 宦官は嫌われ者だ。ほとんどが罪を犯して宦官になっている。それゆえに、居場所は主の元にしかない。


 だからこそ、裏切るはずがないと思っていた。


「どこにいたとこか、誰と会っていたとか、それさえわかれば……」


 香月は考える。


 ……香の匂いがする。


 遺体の腐敗臭に紛れて香木の匂いが混ざっていた。


 ……どこかで。最近、嗅いだ匂いだ。


 独特な香木を使っているのだろうと考えたことがあった。


「……徳妃……?」


 香月は幼い口調が目立つ万姫のことを思い出した。


 思わず口にしてしまったことに気づき、慌てて、俊熙を見上げる。


「陛下。徳妃の香は独特のものを使っておりませんか?」


 香月は嘘であってほしいと思いながら問いかける。


 それに対し、俊熙はしばらく考え込んでいた。


「西から取り寄せているらしいと聞いたことがある」


 俊熙はうろ覚えの記憶を頼りに答えた。


「そういえば、徳妃のお気に入りの中級妃にも同じ香りの者がいたな」


「中級妃ですか。彼女を調べることはできますか?」


「中級妃ならばできるだろう」


 俊熙は香月の直感を疑わなかった。


「徳妃の調査はできないということですか?」


 香月の問いかけに対し、俊熙は頷いた。


 ……万が一の事態に備えてあるのか。


 四夫人の一角が欠けるような事態は起きてはならない。その為、後宮内で彼女たちを罰することはできない。


 ……危険なことを。


 守護結界を維持する為だと香月もわかっている。


 しかし、四夫人は四大世家の実力者ばかりが集められている。調査の手すらも入れられないとなれば、国の乗っ取りを企んでいたとしてもわからない。


「朱雀宮に文を渡す。それが精一杯だ」


 傍にいた宦官に指示を出す。


 その場で用意された紙と筆を使い、宦官の背中を机のように扱い、手紙を書いていく。


「これを朱雀宮に届けろ」


「かしこまりました」


 机のように扱われていた宦官は当然のように返事をした。


 俊熙から手紙を受け取り、深々と頭を下げた後に走り出した。


「宦官をあのように扱っているのですか?」


「緊急事態の時だけだ」


 俊熙は困ったように答えた。


「香月のところの宦官は身内だったな」


 俊熙は視線を逸らした。


 ……身内に甘いとでも言いたいのだろう。


 それはお互い様だと言いたかった。


 しかし、香月は頷くだけにした。


「宦官を信用するな」


 俊熙は自分自身に言い聞かせるかのように言葉を口にした。


「彼らは等しく罪人だ。罪を犯してなくてもそのような扱いを受ける」


 俊熙の言葉に対し、香月は視線を逸らした。


 視線は布に包まれている勇の遺体に向けられていた。


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