04-3. 呪いの痕跡と不自然な宦官
……四大世家は力を持ちすぎている。
香月にも心当たりがあった。
玄家の独自の風習である気功を扱えない子に対する殺しは、殺しとして裁かれることもなく、玄家と玄家の派閥の家だけが知っている風習だ。
似たような風習が四大世家には存在する。
それは他家では罪に問われることであっても、守護結界の維持を任せられている四大世家では罪にはならない。四大世家の血を途絶えさせるわけにはいかないからだ。
「父親を売るような行為だ。胸が痛むことだろう」
俊熙は香月に同情した。
皇族の命を狙うのは極刑に値する大罪だ。一族郎党、処刑台に上がるのが一般的ではあるのだが、玄家は玄武を司る四大世家だ。玄家の血を継いでいない浩然だけが処刑されることになるだろう。
「いいえ、陛下。私は父上の無実を信じております」
香月はこの期に及んで父を信じていた。
そのような疑いなど杞憂に過ぎないと証明してくれるはずであると信じていた。だからこそ、告発したのだ。
「羅宰相も無実でありましょう」
香月は続けて羅宰相も庇う。
「では、なぜ、告発をした?」
俊熙の言葉は当然だった。
無実だと思っているのならば告発をする必要はない。いたずらに俊熙の心を不安にさせる必要もないはずだ。
「陛下の味方だと確信を得る為でございます」
香月の答えはまっすぐなものだった。
敵か味方かわからない状況が続くのならば、確実な味方を手に入れるのが最優先である。その為、標的を多くの権力を握っている羅宰相と父親である玄浩然に絞った。
玄家が疑われているとあれば、他の四大世家も動きを見せるはずだ、
香月の狙いはそこにあった。
「四夫人の中に危険視するべき者もいることでしょう。玄家を疑えば、自ら行動を移すはずです」
「それは茶会で得た情報を元に考えたのか?」
俊熙は問いかける。
それに対し、香月は頷いた。
「はい」
「なにがあった?」
「……徳妃が黄藍洙に対し、蟲毒の作り方を教えていたことが判明しました。失敗するやり方を教えたと本人は言っていましたが……」
香月は目を逸らした。
……徳妃は幼すぎる。
それが罪になると知らないのだろう。
呪術は人を害する技だ。それは公に禁じられていないものの、道士の中では危険視をしており、禁じている者も多い。
玄家では呪術に対抗する術を習った。
しかし、万姫は違うようだった。
……遊びで使っていいことではないというのに。
香月にそれを聞かれてしまえば、密告されるということもわかっていなかった。それほどに幼すぎる徳妃のことが心配だった。
「翠蘭姉上の件にも関わっていたと思われます」
「嫌がらせは後宮の得意技だな」
「はい。そのようですね」
香月は嫌がらせを互いにする中級妃たちの姿を目にしたことを思い出しながら、肯定した。
妃だけではない。侍女や女官、下女と身分に分かれている後宮において、嫌がらせは、あらゆるところで行われている。女ばかりが集まればそうなるのもしかたがないことだった。
「徳妃の件は知っていた」
俊熙の耳に届くほどに苛烈なものだった。
「しかし、俺は後宮では権力がないものでな」
俊熙はため息を零す。
……だからこそ、翠蘭姉上の元にも通っていたのか。
寵愛を受けてはいないものの、他の妃と比べれば関心を抱かれている。そう思わせる為に通っていたのだろう。
「翠蘭はたくましい女性だった。嫌がらせに悲鳴をあげつつ、自力で対処してしまうような人だった」
「姉上はそのようなお人柄だったのですね」
「知らなかったのか? ……そういえば、関りはなかったのだったか」
俊熙は残念そうに言った。
恋愛感情は抱かなかったものの、人としての好感は持っていたのだろう。だからこそ、翠蘭の死を秘匿するように言われて頷くことしかできなかった。
翠蘭の死の理由を公にはできなかった。
それだけの為に翠蘭は病死として片付けられた。
「あの日、少しだけ姉上と話をしました」
香月は翠蘭のことをあまり知らない。
……謝ったのはなぜなのか。
後宮という場所に香月がふさわしくないと思っていたのか。後宮入りをさせてしまったと気づくと涙を流して謝っていた。
その姿はあまりにも儚いものだった。
「それだけの関係です。姉上がなぜ謝ったのかもわからないのです」
香月は素直に言葉を口にした。
「姉上の話を聞かせてくださりませんか?」
香月は俊熙に問いかけた。
「いいだろう」
俊熙は快く返事をした。
三年間の後宮での日々は翠蘭にとって波乱の日々であった。しかし、同時に幼い頃から憧れていた玄家の人間として扱われる日々でもあった。たとえ、見下されても玄家の人間というだけで翠蘭は前向きに生きることができた。
「香月とは話はしたことがないとも言っていたな」
「そうですか」
「だが、遠くから何度も見ていたそうだ。立派な役目を果たす妹を誇りに思うと毎回のように話していた」
俊熙も翠蘭のことをよく知らない。
「玄家での生活を訪ねても答えてはくれなかった」
俊熙は外の世界での生活を知らない。後宮で生まれ育ち、宮廷で仕事をするようにはなったものの、外の世界とは縁のない場所で生きている。だからこそ、玄家の生活というものに興味があった。
しかし、翠蘭は自身の生い立ちを口にはしなかった。
苦しい生活を口にしたくなかったのかもしれない。
「一度だけ、母君への不満を口にしていたな」
俊熙は懐かしそうに言った。
それに対し、香月は意外そうな顔をした
「姉上が楊林杏のことを? 彼女たちは、仲の良い親子であったと認識しておりましたが……」
翠蘭は母親である楊林杏を庇うことが多々あった。
玄家の敷地から追い出されないように必死になっていた。その姿は母親思いの娘のようにしか見えなかった。




