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後宮妃は木犀の下で眠りたい  作者: 佐倉海斗
第三話 賢妃の才能は底知れない
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04-2. 呪いの痕跡と不自然な宦官

 死ぬような目には遭わないと思ったのだろう。


 それが宦官の聞いた女性の最後の言葉だった。



* * *



 俊熙が玄武宮を訪ねて来たのは、その日の夜だった。

 珍しく疲れていた俊熙は玄武宮に来るとすぐに椅子に座り、香月に甘えるように擦り寄った。


「お疲れのようですね、陛下」


 香月は俊熙に寄り添う。


「書類仕事に追われていてな。そういうのはすべて宰相に回せと言っているのに、聞かない連中だ」


「陛下のお仕事ですから」


「それはわかっている。だが、そのせいで二日に一度しか香月と会えないではないか!」


 俊熙は拗ねていた。


 仕事が多すぎるのだ。皇帝として判断するべきことは山のように多い。しかし、それをしなければお飾りとして嘲笑う者が増えることを俊熙も知っていた。


 だからこそ、香月に愚痴を零すのだ。


「俺は皇帝に向いていない」


「そのようなことはございません。陛下の世こそが安寧の世でございます」


「そう言ってくれるのは香月だけだ」


 俊熙は香月の腰に腕を回す。それから腰を撫ぜた。


「お触りはご遠慮ください」


「たまにはいいではないか」


「喪が明けるまではなにもしないとおっしゃられたのは、陛下でしょう」


 香月の言葉に対し、俊熙は腕を香月の腰から離した。


 翠蘭の喪が明けるまでの間はなにもしない。と、公言したのは俊熙だ。自身の言葉を撤回するような真似はできなかった。


「真面目だな」


 俊熙はため息を零した。


「子が欲しいとは思わないのか? 皇后になれる絶好の機会を不意にするのは、香月だけだぞ」


 俊熙の言葉に対し、香月は困ったように笑った。


 ……御子はいるべきだ。


 何かがあった時の為には後継者がいるべきである。俊熙の兄弟に生き残りがいない為、万が一の時には、遠縁の者を皇帝の座に座らせることになる。


 それだけは避けなければならなかった。


 ……遠縁の者では玄家も当てはまる。


 玄浩然は十四代皇帝の庶子だ。先々代皇后の奇行を逃れ、玄家に婿入りをした立場である為、公には李家の血筋であるとは知られていない。


「私が産んだ子は皇帝になれるのでしょうか?」


 香月は問いかける。


 子を孕んでいるわけではない。しかし、後宮にいれば、いずれ子を成すこともあるだろう。


「男であれば皇帝になるだろう」


 俊熙は断言した。


「女であれば公主としてかわいがられるだけの話だ」


 俊熙の言葉は間違いではない。


 李帝国では女帝が君臨した記録は存在しない。直系が途絶えた場合、遠縁の男児を皇帝として迎え入れている。


 ……父上は皇帝にでもなるつもりか?


 不意に頭を過った可能性を否定できなかった。


「陛下」


 香月は俊熙の手に触れる。


「お願いがございます」


「なんだ。なんでも言ってくれ」


「私の子を皇位に就かせないと約束してくださいませ」


 香月の言葉を聞き、俊熙は首を左右に振った。


「それはできない」


「なぜですか」


「香月との子を最優先するのは当然のことだろう」


 俊熙に迷いはなかった。


 ……それでは父上の思惑通りになる。


 浩然は野心家だ。香月を納得させる為、俊熙を政敵から守るように言い付けたものの、実際は後宮入りをさせることが目的だったのかもしれない。


 ……翠蘭姉上の件もあやしいところがある。


 守護結界に亀裂を入れる為に翠蘭を後宮入りさせたのではないか。

 その疑惑を拭いきれなかった。


「父上は皇帝の座を狙っているのかもしれません」


 香月はついに疑惑を口にした。


 ……疑わしいだけであればいいが。


 香月は確信のない言葉を口にしていた。


「皇帝の祖父となり裏から操ろうとでも?」


「その可能性もございます」


「玄浩然は忠臣だ。そのような野心など持てない小心者だろう」


 俊熙は断言した。


 浩然は外面が良い。一見、ひ弱な男性に見えるのも大きな影響を与えているのだろう。人畜無害そうな見た目をしているが、実際は野心に燃えている。


「なにより、俺が死んだとしても、玄浩然が皇帝の座につけるはずがない」


 俊熙の言葉に対し、香月は首を左右に振った。


 多くの人間が気づいていないだけであり、政権を維持する為に働いている重鎮たちのほとんどは知っている事実がある。


「父上は先々代皇帝陛下の庶子にあたります」


「……なに?」


「その際、側近として傍にいたのが羅一族だと聞いたことがございます。陛下、羅宰相と父上が共謀をしている可能性もございます」


 香月は玄武の舞を翠蘭に披露させたという羅宰相の話に違和感を抱いていた。俊熙に守護結界の亀裂のことを教えず、翠蘭の死を秘匿するように迫った人物だ。政治の多くを取り仕切っている重鎮であり、俊熙も疑うことを知らない子どものように慕っている。


 それが危険だと香月は気づいていた。


 だからこそ、己の首が飛びかねないとわかっていながらも忠告をした。


「よくぞ、知らせてくれた」


 俊熙はため息を零した。


 厄介なことがさらに増えたものの、俊熙を狙っている犯人の目星がつきそうだった。


「独断であることをお許しください、陛下。現在、父上の動向を調べさせております」


 香月は俊熙に寄り添うのを止め、姿勢を正して軽く頭を下げた。


「頭をあげてくれ。四大世家には手を出せないからな。賢妃の英断に助けられたところだ」


 俊熙は香月の髪に触れる。


 絹のように美しい髪だ。それに触れるのが俊熙の心の癒しだった。


「四大世家も疑わねばならないな。俺が死んで得をする連中ばかりだ」


 俊熙の言葉に対し、香月は無言で頷いた。


 四大世家を罰することはできない。守護結界を維持する為には四大世家に伝わっている四神の力が必須となる。四大世家を廃したければ、皇族が自らの手で守護結界を維持するか、守護結界の恩恵を捨てるか、選ばなければならない。


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