03-5.四夫人の茶会
万姫はわかっていない。
嫌がらせをしたつもりはなかったのだろう。
「あたしは無関係よ!」
万姫は叫んだ。
……怨霊に怯えているという噂は本当だったのか。
心当たりがあったからだろう。
恨まれるようなことをしたと自覚をしていたのだろう。
……蟲毒の危険性を理解もしていないのだろう。
万姫は幼い。
朱家では幼い女児を後宮入りする為だけに育てる。気功を操ることができるのならば、朱家では将来の徳妃として育てられたことだろう。
「万姫、それでも恨みを買うような真似をしたでしょ。無関係とは言えないわ」
美雨は鼻で笑った。
「あの女が勝手に恨んだのよ!」
万姫は自分は被害者だと訴えるかのような発言を続ける。
「お姉さまたちは黄藍洙に無関心だったものね」
「関心を抱く価値もありませんでしたので」
「雪梅お姉さまはいつもそれじゃない! 四夫人としての威厳を見せつけるべきだったのよ!」
万姫は納得していなかった。
……威厳か。
後宮において上級妃にあたる四夫人ではあるものの、政治的な権力はなく、その役目も秘匿されている為、お飾りだと笑われることも少なくはない。
四大世家から選ばれる四夫人の威厳は地に落ちた。
それは翠蘭の死によるものではない。先々代皇后による四夫人殺害事件により、四大世家の実力はないと後宮中の噂となった。
露骨に見下す者は少ない。
しかし、内心ではなにを思っているのか、わかったものではない。
「上級妃を見下したところでなにかできるわけではないでしょう」
雪梅は淡々と語る。
「わたくしは見下されておりませんもの。徳妃とは違います」
雪梅は後宮の噂を信用しない。
その為、どのような悪質な噂が流されていても動じなかった。相手にされないとわかれば、悪意のある噂を流す行為は自然と治まる。それよりも過剰なまでに反応する方へと流れ込む性質があった。
素っ気なく言い切った雪梅に対し、万姫は顔を赤くした。
「あたしが見下されているとでも言いたいの!?」
万姫は怒りに身を任せるように叫んだ。
「そうでしょう? 今も子どものように怒っているのですもの。後宮は大人の女の園ですわ。子どもでは相手にはなりませんのよ」
「あたしだって立派な上級妃よ!」
「立場はそうでしょうね。ですが、幼い子どもでしょう?」
雪梅は笑った。
万姫はそれに対し、怒りで体を震わせた。侮辱されたと感じたようだ。
「おばさんよりいいわよ!」
「あら。お渡りが後宮入りをした時だけのお子様がなにか言っているわ」
「なんですって!? 雪梅お姉さまだってお渡りがそんなにないじゃない!」
万姫の怒りが爆発した。
殴りかかりそうな勢いで机を何度も叩く。癇癪を起した子どものように見えるのは、その幼い容姿が原因だろう。
……陛下も酷い人だ。
皇帝の訪問がなければ子は授かれない。
それは後宮妃にとって死活問題だ。俊熙はそのことを理解していないのか、興味がないのか、香月の元にばかり通っている。
香月こそが皇帝の寵妃なのだと後宮で噂になるのもしかたがないことだった。
実際、香月が後宮入りをしてからというものの、二日に一度は香月の元を俊熙は訪ねている。
「わたくしは徳妃とは違いますわ」
雪梅は笑う。
余裕がまだあるのだろう。
「陛下が香月を慕っていることを知っておりましたもの。陛下が来られるたびに香月の話をしますのよ。そうすると、陛下は毎月のようにわたくしを訪ねてくださりますの」
雪梅は香月を利用した。
それは香月が後宮入りをしないと思っていたからこその戦法だった。
「頭をお使いになって。徳妃。いつまでもお子様ではいられませんのよ」
雪梅の言葉に対し、万姫はそっぽを向いた。
「もういいわ」
万姫は捨て台詞を吐いた。
茶会の席を立ち、侍女を連れて去っていった。その後ろ姿を引き留める者はいない。
* * *
茶会はすぐに解散となった。
玄武宮に戻った香月は槍を手にとり、稽古に励む。
……なぜ、淑妃は徳妃を挑発したのか。
雪梅の性格の問題も大きいだろう。
雪梅は挑発をしているつもりはなかった。会話の一環として嫌味を口にしていただけだ。それは万姫にとって耐えがたい屈辱であることを理解していない。
……わからない。
穏やかな茶会の場ではなかった。
協力関係ではあるものの、上級妃として敵対するべき関係でもある。雪梅や万姫のように後宮入りを前提として育てられた人にとって、協力関係を築くのは表面上だけでいいと考えているのに違いない。
「賢妃様。考えごとをされるのならば稽古はおやめになられた方がよろしいかと思います」
嘉瑞は稽古の相手として槍を振るいながら、声をかけた。
「……悩んでいるようにみえるか」
「恐れながら、そのようにお見えします」
「そうか」
香月は槍を振るうのを止めた。
持っていた槍を嘉瑞に渡し、ため息を零す。
「四夫人が協力しなければならないというのに。難しいな」
「気位の高い方たちです。簡単にはいかないでしょう」
「そうだな。……あれほどに疲れる茶会もない」
香月は気分転換として稽古を行っていたのだが、それも思い通りにはいかない。
「守護結界を修復しなければならないというのに」
香月は空を見上げた。
亀裂が広がるのは収まったものの、未だに亀裂が残ったままだ。李帝国を守護している結界の力は確実に弱まりつつある。
黄藍洙が怨霊と化したのも守護結界の影響が弱まったことが関係している。
本来ならば、怨霊となる前に浄化されるはずなのだ。それができないほどに力が弱まっているのにもかかわらず、それを修復する気は誰にもなかった。
香月だけが焦っていた。
その状況はあまりにも悲惨なものであった。




