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後宮妃は木犀の下で眠りたい  作者: 佐倉海斗
第三話 賢妃の才能は底知れない
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03-3.四夫人の茶会

 美雨は藍洙の気持ちがわかってしまった。呪術に手を染めたことは解せないものの、愛する人に振り向いてほしい気持ちだけは同じだと思っていた。


 だからこそ、藍洙が怨霊となった時に怯えていた。


 いつの日か、恋心を捨てきれず、未練を残した自分自身の成れの果てのような気がしてしかたがなかった。


「黄藍洙のやりかたを肯定するつもりかしら?」


 雪梅は情けないと言わんばかりの声をあげた。


「陛下の御心は香月に向けられているわ。香月ならばいたしかたがないと敗北を認めたのではなくて?」


「認めているわ。でも、それとこれは話が違うのよ!」


「まあ。みっともないこと」


 雪梅は美雨が怒ると知っていながら、くすくすと笑った。


 ……四夫人も仲がいいわけではないな。


 互いの足を引っ張り合うのが常の後宮だ。四夫人も例外ではない。


 ……徳妃もなにを考えているのか。


 雪梅が美雨を挑発するような言葉を口にしているのにもかかわらず、万姫は止めることも口を挟むこともしない。なにも聞いていないような素振りを続け、自分だけは中立であるかのように演じていた。


「それよりも! 問題は守護結界のことだわ!」


 美雨は声を荒げた。

 視線を香月に向ける。


「賢妃として責任をとるべきよ!」


 美雨は叫ぶ。


 話題は振出しに戻ってしまった。


「玄家として責任はとりましょう」


 香月は冷静に答える。


 取り乱すことはない。


「賢妃としては力不足の為、修復は不可能かと思います」


 香月は玄武の舞を披露している。


 結界を張ることはできたものの、守護結界の亀裂を修復することはできなかった。


「最優先は、修復の邪魔をしている術師を突き止めることです」


 香月の言葉に三者三様の反応を見せた。


 美雨は信じられないと言いたげな顔をしており、雪梅はわかっているというかのように目を伏せた。万姫にいたっては露骨なまでに驚いていた。


 ……この中にいないのは確かだな。


 犯人が簡単に顔を出すはずがない。


「馮充媛が犯人ではないの?」


「関係はあったでしょうが、結界の修復を邪魔した術師ではないでしょう」


「どうして言い切れるのかしら。見たわけではないのに」


 美雨は信じられないと言わんばかりの声をあげた。


 ……解決したと思いたいのだろう。


 怨霊を退治したことによる解決は根本的な解決にはならない。なによりも守護結界の修復ができなければ、恨みは怨霊へと姿を変えやすい。亀裂の影響を受けた生霊や死者の復活によるキョンシーの出現も考えられる。


 香月はそれを警戒していた。


 呪術を扱う術師を捕縛しなければ、問題は解決しないだろう。


「亀裂の修復を邪魔されたと感じなかったのですか?」


 香月の問いかけに対し、美雨は顔を逸らした。


 なにも違和感を抱かなかったのだろう。


「力不足ではなくって?」


 雪梅は違和感を抱いていた。しかし、四夫人の力不足によるものであると結論付けていた。自分だけは怨霊の被害に遭うことはないと決めつけ、簡易的な結界を張るだけに留めたのも原因の一つだとわかっていた。


「儀式の場での舞を披露する必要があると思うわ」


「四夫人が同時に行うことは可能ですか?」


「一緒には難しいわ。でも、交代で行えば同じことでしょう?」


 雪梅は儀式の場を知っていた。


 一年に一度だけ行われる守護結界の維持を目的として奉納の場所だ。今年は玄武の年であり、翠蘭は知りもしない舞を強要されて命を落とした。その場所でなければ守護結界の亀裂は収まらないだろう。


「早くても来年だわ。朱雀の力不足を理由にすれば、できるのではないかしら」


 雪梅は笑った。


 ……この人は守護結界の亀裂をどうでもいいことだと思っているのだろうか。


 後宮に入ることを雪梅は当然のことだと思っていた。白家では舞を奉納する宝貝を手に入れた女性こそが神秘的なものとして扱われ、淑妃に選ばれるのは誉れであった。


 ……キョンシーの出現を視野に入れていないのか?


 死者は蘇る。


 蘇った死者には自我はなく、理性もない。生きている人間を襲い掛かるだけの化け物だ。それを呪術により制御するのが術師の役目である。


「あたしがいけないっていうの!?」


 万姫は声をあげて抗議した。


「あたしが一番年下なんだから、しかたがないじゃない!」


 万姫の年齢は十三だ。香月の妹である紅花と同じ年であり、後宮入りした時には僅か十歳の子どもだった。


 朱家は代々幼い子どもを後宮入りさせる風習があった。


 それは長い年月を後宮で過ごさせる為である。

 そうすることで歴代の皇帝の寵愛を受ける機会を増やしてきたのだ。皇帝派若い女を好む傾向が強く、今回もそれを狙ったのだろう。


「実力もないのならば黙っていなさい、徳妃」


 雪梅は実力を重視する。


 実力がある者が後宮を治めるのにふさわしいと考えていた。


「賢妃。あなたは怨霊を退治したでしょう? 襲われるとわかっていたのかしら」


「生前の彼女は玄武宮に執着をしていましたので」


「そうだったわね。翠蘭妃の時から酷い執着だったわ」


 雪梅は納得をしたようだ。


 その言葉に香月は眉を潜めた。


「姉上への嫌がらせを止めようとは思わなかったのですか?」


 香月の質問に対し、目を逸らす人はいない。


 誰もが後ろめたいと思っていない。


「賢妃の身になにか起きれば、結界の維持に関わるのはご存知だったでしょう?」


 香月の言葉に対し、美雨はため息を零した。


「はぁ。バカね。誰もが賢妃が命を落とすなんて思うはずがないでしょ」


 美雨は呆れながら答えた。


「翠蘭妃はたくましかったわ」


 美雨は翠蘭と僅かに交流があった。


 それは良好的なものではなかったが、すれ違うと挨拶を交わす程度の仲ではあった。


「侍女や下女に格下扱いをされて、後宮中の笑い者よ。それでも、翠蘭妃は弱音の一つも吐かなかったわ。――誰がそんな子に手を差し伸べるの? 一人でがんばれるのならば、がんばればいいのよ」


 美雨は独自の視点で語る。


 努力をしている相手に手を差し出すのは、努力を水の泡にするのも同じことと考えていたのだろう。


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