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後宮妃は木犀の下で眠りたい  作者: 佐倉海斗
第三話 賢妃の才能は底知れない
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01-2.玄家からの贈り物

 法術の才能に恵まれ、養子縁組をされた梓睿は香月が後宮入りを果たす際に名を奪われた。香月の男装時の偽名として名を使われた義弟は、源家の居場所を奪われたことだろう。


 ……父上も非道なことをする。


 おそらく、送り込まれる宦官の一人は梓睿だろう。


 ……せめて、居場所を作れてやれたらいいが……。


 宦官に対し、良い感情は抱けない。後宮においても宦官の地位は低い。それを覆すことはできない。香月はその状況において、義弟の居場所を作ることができないか、考えるしかなかった。


 ……難しいだろう。


 後宮は女の園である。そこには宦官の居場所はない。


「梓晴、明明。歓迎の準備を怠らないように。玄武宮の宦官は罪人ではないと噂を流しておけ」


 香月は指示を出す。


 それに対し、各々返事をした梓晴と明明は玄武宮を立ち去る。密偵を兼ねている二人は他妃に仕える侍女たちと交流をとっている。その為、噂は簡単に塗り替えられるだろう。


 ……そこまでする理由がわからない。 


 香月は考え込む。


 ……雲嵐。


 木犀の花の香を思い出させる淡い恋心は、玄家に置いてきた。後宮に入る時に捨てなければいけないものだった。


 ……会いたいよ。


 胸が締め付けられる。


 淡い恋心を思い出すわけにはいかない。


 香月は玄武宮の中庭に植えられた木犀の木に視線を向けた。花の咲かない季節でも木犀の木は存在感を放っていた。


 ……しっかりしなければ。


 あの頃には戻れない。


 香月は気をそらすように返信用の紙と筆を手に取った。



* * *



 翌日、玄家からの贈り物と称して宦官二人が玄武宮に送られてきた。


 様々な荷物を抱えて走らされたのだろう。


 あまりにも早い到着に、香月は頭が痛くなりそうだった。まだ心の準備ができていなかったのだ。


「後宮の麗しき月、賢妃様にお仕えできること、心より感謝いたします」


 香月の前で両膝をつき、挨拶の言葉を述べるのは梓睿だった。その隣には床を無言で見つめ、けっして、香月の顔を見ないように努める雲嵐がいた。


「……名を申せ」


 香月は感情を隠して声をかける。


 ……梓睿と呼べないことを許せ。


 義弟の名を呼べない。その名は香月が使わなければならない。


嘉瑞(ジャルイ)と申します。こちらは王雲嵐と申します」


 梓睿あらため嘉瑞は頭を深く下げた。


 ……嘉瑞か。


 名を奪われたと怒りを見せることもなく、それが天命であると受け入れたのだろう。


 ……雲嵐は話もしないのか。


 声を聞くことさえも許されない。

 香月もそれを理解していた。


「父上から話は聞いている。嘉瑞、私の身の回りの世話と護衛を任せる」


「はっ、承知いたしました」


「王雲嵐は明明付きの宦官とする。常に明明と行動を共にせよ」


 香月は命令を下す。


 それに対し、返事をしたのは嘉瑞だけだった。


 ……不服か?


 雲嵐は俯いているだけでなにも話さない。


「そちらの者は口が聞けないのか?」


「お許しください。賢妃様。王雲嵐は賢妃様と口を利いてはならないとご当主様から命令を受けております」


「父上が? ……そうか、ならばよい」


 香月は詳しくは聞かない。


 ……根回しをされたか。


 嘉瑞は淡々と答えていく。ゆっくりと上げられた顔は絶望の色はなく、期待に満ちた顔をしていた。


 ……私を選んだつもりか。愚弟。


 玄家の当主は香月だと、嘉瑞は言い続けていた。香月に仕える機会を手に入れるためなら、宦官になることにためらいなどなかった。


「嘉瑞。雲嵐。各自、仕事をまっとうせよ」


「かしこまりました、賢妃様」


 嘉瑞は立ち上がり、視線を雲婷に向けた。


「雲婷様。賢妃様の自室を掃除したいと思います。掃除道具の場所を教えてくださりますか?」


 嘉瑞は行動を移すのが早かった。

 人手が足りず、隅の方には拭いきれていない埃がある。嘉瑞はそれに気づいたようだ。


「おやめください。嘉瑞様。それは侍女の仕事であり、嘉瑞様の役割ではございません」


「様付けは不要でございます。私は宦官です。下々の役目はすべて私にお任せください」


「できません! 貴方様は賢妃様の護衛の仕事だけに集中してください!」


 雲婷は全力で拒否をした。


 玄家では香月の側近として名をはせていた嘉瑞を侍女のように使うことなど、雲婷にはできなかった。


 ……当然の反応だろう。


 嘉瑞が宦官に選ばれている可能性を視野に入れていた香月とは違う。今まで仕えていた人物に命令をしろというのは難しい話だ。


「嘉瑞」


 香月は見かねて嘉瑞の名を呼んだ。


「お前の役目は私の護衛と稽古相手だ。今から剣舞を行う。その護衛をしろ」


「承知いたしました。賢妃様」


 嘉瑞はすぐに返事をした。


 それから素早く香月の隣に立つ。ゆっくりと立ち上がった香月を見つめる姿は玄家でも見慣れた光景だった。


 ……私の側近に選ばれるとわかっていたのか。


 それでも掃除はするだろう。


 雲婷の隙を見て徹底的に磨き上げるつもりだ。


 ……雲嵐は動かないな。


 声をかけるべきだろうか。

 しかし、極力、話してはならないと言われている。


「雲嵐。明明様の言葉に従うように」


 嘉瑞は香月の考えを読んでいるかのように、雲嵐に指示を出した。

 それに対し、雲嵐は頷いた。


「賢妃様。明明様はどちらにいらっしゃいますか?」


「この時刻ならば屋根の上の警備だろう」


「承知いたしました。雲嵐、早く、明明様の元に向かえ」


 嘉瑞は雲嵐に冷たい声で話しかけた。軽蔑をしているようだった。


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