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後宮妃は木犀の下で眠りたい  作者: 佐倉海斗
第二話 玄武宮の賢妃は動じない
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06-4.黄藍洙の死

* * *



 藍洙の遺体は見れたものではなかった。


 墨のような色の灰が残り、原型を留めていない。それなのにもかかわらず、鼻が曲がるような異臭を放っていた。


 それには収監されている牢を訪ねた俊熙も眉を潜めてしまっていた。


「黄昭媛が灰になる前の姿を覚えている者はおりませんか?」


 香月はすぐに行動に移した。


 人の記憶というのは変わりやすい。それも強烈な印象が与えられてしまえば、元の姿形がどのようなものであったのか、具体的に語れる者は減ってしまう。


 それを香月は知っていた。


 醜く変貌した遺体の解剖現場に連れて行かれたことがある。


 仙術を扱う道士として、呪術を扱う術師と対峙しなければならない時もある。そのことを踏まえ、相手と渡り合う為の知識として呪術に関する知識や見分け方を身に付けていた。


「指がすべてなくなっておりました」


「顔が膨れて、青く、それは醜くなっておりました」


「異臭を放っておりました。今よりも酷いものでした」


 宦官たちは次々に声をあげる。


 検死作業は進んでいたようだ。


 検死台の上に横たわっている姿の黒い灰は、酷く醜い姿を晒していたことだろう。生前、藍洙が大切に磨いていた美貌は見るも無残の姿に代わり、誰もその美貌を惜しむことはない。


 ……呪術を使っていたのは、黄昭媛だけではない。


 隣の台に視線を向ける。


 藍洙よりも黒く変色した灰が遺体の形のまま残されている。同時に検死を進めていたのだろう。


「黄昭媛の隣は誰のものですか?」


 香月は問いかける。


 ……昭媛宮の術師だろう。


 藍洙を誑かし、呪術を教え込んだ者がいた。


 それは心身ともに呪術に捧げた者の死の特徴と一致していた。


 呪術に関わった者の遺体が灰となる時、必ず、黒くなる。それは他人を呪い、他人を疎んだ者の末路であるとされていた。


 ……黄昭媛を利用するだけではなく、自身も駒として使っていたのか。


 黒幕は他にいる。それを示しているようだった。


「はい。賢妃様。こちらは柳陽紗のものでございます」


 宦官は答えた。


「彼女は侍女長を任されておりました。遺体の損傷も激しかったです」


 宦官は続けて状態を告げる。


 それに対し、香月は眉を潜めた。


 ……侍女に利用されたのか。


 勘付いてはいた。


 しかし、主に忠誠を誓う侍女が主を利用するなど聞いたことがない。少なくとも、玄家ではそのようなことは一度もなかった。


 ……哀れな女性だ。


 同情をしてしまう。


 利用されてでも、俊熙の気を引きたかったのだろう。


「陛下。呪術を使っていたのは二人で間違いありません」


 香月は無言で立っていた俊熙に告げる。


 ……陛下?


 反応がない。


 香月はゆっくりと視線をあげて、俊熙の表情を伺う。


 俊熙は変色をした灰に見覚えがあるような顔をしていた。


「香月」


「はい、陛下」


「呪術を使う者はあのような灰になるのか?」


 俊熙の問いかけに対し、香月は頷いた。


「はい。他人を呪い、他人を疎んだ者は黒く醜い姿になるとされております」


 香月は応える。


 正直に答えることが俊熙の為になると考えていた。


 ……顔色が変わった。


 やはり、なにか心当たりがあったのだろう。


「……そうか」


 俊熙は詳しくは語らなかった。


 しかし、香月の腕を掴む手は力強かった。


「壺に収め、それぞれの家に送り返すように」


 俊熙は指示を下す。


 それに対し、宦官たちは一斉に頭を下げて返事をした。


「香月。玄武宮に戻るぞ」


「はい。陛下。すぐに参ります」


 香月は俊熙に腕を引っ張られながら、その場を後にした。


 ……陛下はなにを恐れておられるのか。


 玄武宮に向かう間、俊熙は一言も話さなかった。


 ……貴方の憂いを解いてあげたい。


 共に行動をする間に絆されていた。


 香月は後宮に染まれない。玄家の次期当主としての誇りを捨てることもできず、初恋の痛みを忘れることもできない。


 しかし、まっすぐに香月を見つめ、正直に言葉を発する俊熙に対し、心を許しつつあった。だからこそ、なにかを恐れているような俊熙のことが心配だった。


 四季折々の花が咲く後宮も冬は静かなものだ。


 冬は花が咲かず、人々も寒さから口を閉ざす。


 その光景に対し、俊熙は太陽のように眩しかった。


「香月? どうかしたか?」


 俊熙は香月の視線に気づいたようだ。


 それに対し、香月は曖昧な笑みを浮かべて見せた。


「陛下」


 香月は己の変化を恐れる。


 変わってしまったところで受け入れられるのか、不安に思う。


「陛下は麒麟の加護がお強い方ですね」


「それか。俺にはよくわからん」


「呪力をすべて弾かれていたのは加護のおかげでしょう」


 香月は身を守る術を知っている。


 だからこそ、あの場にいても立っていられた。


「陛下の御代を傍で見つめてみとうございます」


 香月が出した答えは愛ではないのかもしれない。


 恋や愛と呼ぶのには、まだ不確かな感情だ。しかし、俊熙の憂いを払い、傍にいたいと思うようになったのは事実である。


 危険な呪術が飛び交う後宮において、香月は俊熙を守らなければいけなかった。その為には傍にいる必要がある。


「素直に愛していると言ってくれてもかまわんが?」


 俊熙は笑った。


 突然の言葉を否定せずに受け入れてしまった。


「だが、その言葉で十分だ。いつか、恋い慕っていると言わせて見せるからな」


 俊熙の言葉に対し、香月は口角をあげた。


「楽しみにしております。陛下」


 香月は軽く礼をしながら、そう告げた。


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