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後宮妃は木犀の下で眠りたい  作者: 佐倉海斗
第二話 玄武宮の賢妃は動じない
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06-2.黄藍洙の死

 勢いのまま、地面に座り込み、頭を下げる。


 なにか起きたようだ。

 それは俊熙も悟った。


「なにごとだ」


 俊熙は問いかける。


 その姿は寵妃との時間を邪魔されたことに怒っているようにも見えた。


「は! 報告いたします。黄昭媛とその侍女六名、全員が命を絶ちました!」


 宦官長が報告をした。


 その内容に俊熙は思わず立ち上がった。


「ありえない。まさか、死ぬほどの拷問をかけたのか!?」


「いいえ! 陛下!」


「では、なぜ、全員が死ぬようなことが起きるんだ!」


 俊熙は声を荒げる。


 ……呪術だ。


 香月は死の正体に気づいた。


 藍洙に呪術を教えた真犯人が事前に仕込んでいたのだろう。それを防ぐ為、昭媛宮を調べてほしいと提案したのだが、遅かったようだ。


「恐ろしい呪いとしかいいようがございません」


 頭を地面に押し付けたまま、昭媛宮の調査をしていた宦官は震えながら答えた。


「昭媛宮から多数の人形と獣の血、多数の虫、それらを育てている壺が押収されております。それについて、問いかけたところ、とっ、吐血をし、息をしなくなった者もおりました」


 宦官は恐ろしい思いをしたのだろう。


 それでも、必死に報告をする為に走ってきたのだ。


「牢獄も同様です」


 宦官長は淡々とした声で答えた。


「黄藍洙の姿は見るに堪えられない姿に代わり、他の侍女たちもあっという間に死に絶えました」


 宦官長はそこまで言い切り、頭を下げる。


 それ以上の情報は持っていないのだ。


「……俺が出向かねばならない状況か」


 俊熙は皇帝の座に収まる前に蔓延した呪いを遠ざけている。そう信じられているからこそ、皇帝の座に座らされていた。堂々と呪いだと言い切る二人の姿を見て、呪いの存在を信じていなかったのは自分だけだと察したようだ。


「それはいけません」


 香月はすぐに立ち上がった。


 ……伝染病の可能性を否定できない。


 呪術の中には病を流行させるものもある。それに対応する術を持たない李帝国の中枢であり、神のように丁重に扱われるべき皇帝が真っ先に出向いていいわけがない。


 それを宦官長も宦官も口にしなかった。


 ……わざとか。それとも、噂を信じているのか。


 俊熙を呪術の標的にすることが目的なのか、呪術を遠ざけるという根拠のない噂を信じ切っているのか、わからない。


 しかし、賢妃である香月の発言に露骨なまでに顔色を変えた。


「香月。お前は俺の御子を産まなければいけないだろう。このようなことで病が感染したら、どうするつもりだ」


「恐れながら、陛下の妃は大勢おります。私が役に立たなければ、廃妃にしていただいてもかまいません」


「そういう話をしているわけではない!」


 俊熙は頭を抱える。


 言い争いをしている時間は残されてはいない。


「陛下は替えのきかない唯一無二のお方でございます」


 香月は淡々と語る。


 その言葉が俊熙たちの心に響くとは思っていない。しかし、この場を円滑に進める為にはそれらしい言葉が必要になる。


「しかし、私は翠蘭姉上と同じように替えのきく玄家の人間です。賢妃は玄家の女性であれば問題ありません」


 香月の言葉に対し、俊熙は立ち上がった。


 それから、容赦なく香月の頬を平手打ちした。


「そのような言葉を二度と口にするな」


 俊熙は怒っていた。


 他でもない愛おしい女性から聞きたくない言葉だった。


「俺は香月が愛おしくてしかたがないと伝えただろう。なぜ、お前はその言葉を信じてはくれないんだ」


「……恐れながら、陛下、後宮の人間はすべて陛下の所有物でございます。一定の誰かを愛するなど、陛下の役割を損ねかねません」


「そんなことはわかっている!」


 俊熙は感情のままに言葉を発する。


 それから、平手打ちをしてしまった香月の頬を申し訳なさそうに触れた。


「頼む。翠蘭のように死んでくれるな」


 俊熙は懇願するように囁いた。


 ……姉上のことが好きだったのだろうか。


 香月は見当違いなことを考えていた。


 似ても似つかない女を傍に置きたがるほどに恋しくてしかたがないのだろうと、勝手に決めつけた香月は俊熙の言葉に頷くわけにはいかなかった。


「私は陛下の臣であります。それ故に陛下の為ならば、死さえも恐ろしくありません」


 香月は淡々とした口調で答える。


 胸の奥が痛いのはなぜだろうか。泣きそうな顔で懇願する俊熙を見ていると、心が穏やかではいられなくなる。そのような感情を香月は知らなかった。


 ……私が守らなくては。


 俊熙がなにも知らなくても皇帝の座に座っていられるように支えることができれば、香月は不安に思わなくなるだろう。そうすれば、感情の整理がつくかもしれない。


 俊熙は弱い。


 それは香月にとって庇護の対象だ。


「しかしながら、陛下。陛下がお望みになられるのならば、香月は陛下のお傍におりましょう。唯一無二のお方が出向くところに私も行かせてくださいませ」


「……嬉しい言葉だが、ここでは意味が変わるのはわかっているのか?」


「当然でございます。陛下の考えこそが最優先するべきことでございます」


 香月の言葉に対し、俊熙はため息を零した。


 呪いに対して俊熙は対抗策を知らない。しかし、呪いを跳ね飛ばしたと思われて皇帝の座に座らされている限り、そういった現場には身に行かなければならない。


 臣下の恐怖を取り除くのは、呪いの効かない皇帝の姿だ。


「賢妃を伴い、検視に立ち会おう」


 俊熙の言葉を聞き、宦官長は深く頭を下げた。


 地面に擦りつけるように必死に許しを乞うようにも見えた。


 宦官長も皇帝に直談判すればただではすまないと理解をしていた。しかし、報告をしなければならず、自らの命を捨てる覚悟でこの場にいたのだ。


「俺は、知らせを持ってきた者を罰するほどに弱い皇帝ではない。先に昭媛宮に向かい、調査報告を受ける。黄家の処分の参考にはなるだろう」


 俊熙はゆっくりと立ち上がる。


 それよりも早く移動をしていた香月は、当然のように俊熙の隣に並んだ。四夫人の一角である賢妃は健在であると周囲に見せつけなければいけないからだ。


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