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後宮妃は木犀の下で眠りたい  作者: 佐倉海斗
第二話 玄武宮の賢妃は動じない
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05-2.お茶会

「彼女はどうなされたのです。姿が見えませんが」


 藍洙はここで負けるわけにはいかなかった。


 わざとらしく周囲を見渡し、小鈴がいないのを確認する。その動作は洗練されたものではなく、本当にこの場にいないのか、確認をしただけのようにも見えた。


 藍洙は知らないのだろう。


 小鈴が自らの意思で命を絶つことにより、孫家に与えられる報復を最低限に収めようとしたことなど想像もしていないのに違いない。


「まさか! 賢妃ともあろうお方が、あの小さな娘に罰をお与えになりましたの?」


 藍洙は自分が小鈴にしたことを棚に上げて話を始める。


 静かに話を聞いているように見える香月の姿に気をよくしたのだろう。


「なんて、残忍なお方! あのような幼い娘の間違い一つも許してやらないなんて! そのような器の狭いお人がよくも陛下の寵妃などと恥ずかしげもなく言えたものですわ!」


 藍洙は自らの失態に気づいていなかった。


 圧をかけられて焦っていたのかもしれない。そこでわざとらしく見せられた相手の弱みを掴みとり、優位に立てたと思い込んでいる。


 その哀れな姿に香月は笑いそうだった。


 ……墓穴を掘ったか。


 策略をする必要すらもない。


 後宮では醜い人同士の争いごとばかりだと覚悟をしていたものの、藍洙の愚かな姿は呆れを通り越して笑いさえ生まれてくる。


「孫小鈴は死んだ」


 香月は事実を告げる。


 小鈴の死因は告げず、ただ、この世にはもういないのだと告げた。


 それだけで藍洙の顔色が変わった。


 ……さて、どこまで自白するか。


 顔色を隠せない後宮妃は後宮では役に立たない。


 皇帝の所有物であるという自覚をしながらも、家の為に情報を流し、時には諜報員のような真似さえもしなければならない。


 後宮は生き地獄だ。


 そのような場所で藍洙のように、自分の感情に素直に生きている者はいない。


 藍洙の顔色は真っ青に変わる。体も震えており、取り返しのないことをしてしまったのだと自白をしているのも同然だった。


「……死んだ?」


 藍洙は露骨なまでに動揺していた。


 先ほどまでの調子に乗った声色ではなく、罪の意識に足を引っ張られているかのようなか細い声だった。弱弱しい声色になった藍洙の変化を陽紗も気づいてはいるものの、賢妃である香月を前に下手な行動には出られないのだろう。


「まさか、打ち所が悪くて――。いいえ、そんなはずはないわ。だって、私は生きているもの。杖刑で死ぬはずが……」


 藍洙は自身に言い聞かせるように呟く。


 それらの言葉が香月たちの耳に届いているなど思い暇さえも、藍洙にはなかった。


 ……やはり、杖刑か。


 原則として、後宮妃による私刑は処罰の対象外である。


 女の花園では多少の罪は見逃される。なにより、小鈴の死因は杖刑によるものではなく、自殺だ。藍洙に情報を売った罪がばれるよりも、自らの命を捨てるのを選んだのは小鈴の意思だ。


 それを藍洙は知らない。


 ……なぜ、黄藍洙は動揺している?


 侍女にさせたのならば、藍洙は直接手を下していないことになる。しかし、藍洙の動揺の仕方を見ている限り、藍洙がしてしまったことを後悔しているようにしか見えなかった。


「非道なことをしたのか」


「いいえ! 杖刑は従わなかった罰を与えただけです! 非道な行為ではありませんわ!」


「非道だろう。幼い娘にそれをしたのだから」


 香月の言葉に対し、藍洙は大きな声で反論した。


 それに対し、香月は非難する言葉を口にする。


「だって、あの娘が壺を持ち帰ってくるから!」


 藍洙は自白した。


 香月は一度も壺の話には触れていない。


 不幸中の幸いなのは蟲毒が成功していなかったことだろう。成功していれば、今頃、藍洙は呪詛返しに遭っていたはずだ。もしも、呪詛返しに遭っていれば藍洙は変わり果てた姿で見つかっていただろう。


「壺を持ち帰ったから罰を与えたとでも言い訳をするつもりか?」


「言い訳なんかじゃないわ! あんな危険なものを持ち帰ってくるなんて、正気じゃないわ!」


 藍洙は知識がなかった。しかし、危険だと理解はしていたようだ。


 ……自白したのも同然だと気づいていないのか。


 香月は口を閉ざした。


 必要ならば尋問をすることも考えていたのだが、藍洙には尋問を行う価値もない。昭媛とは思えないほどに知識がなく、後宮で生き残る術もまともに知らない。なにもかも、侍女の思い通りになっていると藍洙は気づいてもいないだろう。


 ……手紙と同じ展開になったな。


 価値がないと判断し、燃やしてしまうように指示をした手紙には、藍洙が茶会の席で罪を自白するという内容が書かれていた。それは藍洙の背後に控えていながらもなにもしない陽紗から送られてきた手紙だった。


 藍洙は手紙の内容を把握していない。


 それは侍女がなにをしているのか、まったく、把握していないのも同然だ。


「翠蘭の時にはうまくいったのに!」


 藍洙は取り乱していた。


 自分に都合が悪い状況になっていることは理解しているものの、それを上手く処理することができない。


 ……精神汚染の影響が視えるな。


 香月は藍洙の状態を把握する。


 気の流れを読めば、相手の精神状態の異常がわかる。しかし、それを治す術を香月は習得していなかった。


 ……呪術の影響か。


 自らを守る術を知らず、呪術に手を染めるのは多くの代償が伴う。


 呪術は代償が伴うことが大前提であるからこそ、多くの人々が忌み嫌う。自らの気功使う仙術や道術とは違い、外道な手段とされているのは術者の払う代償が大きすぎるからだろう。


 藍洙はそれを知らなかった。


 だからこそ、以前よりも思考回路がまともではない。思い込みは日に日に激しくなり、手段を選ぶことができなくなっている。他人に利用されていることにも気づかず、自分だけは特別なのだと信じ切っていた。


「黄昭媛」


 香月はうまく笑いかけることができなかった。


「貴女は、翠蘭姉上は自害に追い込んだのか?」


 香月は問いかける。


 それに対し、藍洙の形相が険しいものに変わった。


「それがどうしたっていうのよ。あんなお飾りは陛下にふさわしくないわ」


 藍洙は認めた。それは香月にとっても想定外だった。


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