05-1.お茶会
翌日、香月は後悔をすることになる。
孫家に送り返した小鈴は命を落とした。
自ら命を絶てば、両親や親族へ与えられる罰を軽くなると考えたのだろう。そのような考えは玄家の人間を相手には通用しないということさえも、小鈴は理解をしていなかった。
その知らせを聞いた香月は思わず顔をしかめた。
殺さずに家に帰したことを後悔した。
自ら命を絶つとは思ってもいなかったのだ。
自身の考えの甘さを悔やんでいた。
「――明明。報告ご苦労だった」
香月は淡々とした声で告げる。
感情を露にはしない。
それは敵の多い後宮で弱味を晒すわけにはいかなかったからだ。
「賢妃様、追加で文を送りましょうか?」
雲婷の提案に対し、香月は首を左右に振った。
「必要ない。玄家に頼るのは侍従の補充だけで十分だ」
香月は両親に文を送った。
早急に両親に届けるようにと言付けをしたものの、玄家に届くまでに一週間以上はかかるだろう。
武功や気功の扱えない人にとって、急ぐ手段といえば馬になる。たとえ、馬の疲労を考慮せずに走らせたところで届く日数は大きく変わることはない。
「黄昭媛から茶会の誘いが来ていたな」
香月は本日の午後に茶会を行いたいという手紙を目にした時のことを思い出しつつ、呟いた。香月の身支度を整えている雲婷の表情が曇る。
本来、目下の者から茶会に誘うなどありえない。
香月は四夫人の一人であり、藍洙は九嬪だ。その壁は分厚く、簡単に乗り越えていいものではない。
藍洙がなにを企んでいたとしても、四夫人の座は四大世家から選ばれるものと決められており、それが覆る日は来ないだろう。
「はい。玄武宮にて執り行うと返事をしました。しかし、無礼者を出迎える必要があるのでしょうか」
梓晴は首を傾げながら、問いかけた。
場所と時間の指定はされていなかった為、返信の際に確実に伝えた。丁寧に文まで渡したのだ。それを無視するのならば、二度と藍洙が香月に謝罪をする機会は与えられないと忠告まで添えてあった。
「無礼な輩には思い知らせてやらねばならない」
香月は淡々と語る。
無礼を黙って許すのには玄家の教えに反する。
「玄武宮の賢妃として出迎えてやろう。武功を身に付けていない連中には、理解もできないだろうが」
香月には気がかりがあった。
国を守る結界の亀裂は広がりつつあるのにもかかわらず、皇帝である俊熙は見て見ぬふりをしている。
亀裂を修復するのには気功が必要となる。
結界を維持する為の四夫人だというのにもかかわらず、俊熙は結界を修復する為の奉納を香月に命じなかった。
……陛下の考えはわからない。
行いたいのならば、してもかまわないと言ってはいたが、強制をするつもりはないようだ。
……民の被害が出る前に塞がなければ。
俊熙は香月の身を案じていたのだろう。
気功は使いすぎれば命を削ることもある。国を守る結界の修復を施せば、四夫人の一角が命を落としてもおかしくはない。それほどまでに結界の亀裂は広がってしまっている。
「剣舞を披露する。梓晴、舞台を整えておけ」
香月は気功を操る武人だ。
玄家は代々剣舞を奉納してきた。四夫人としてふさわしい姿で剣を巧みに振るいながら舞う姿は、まさに仙人が降臨したようであった。
「かしこまりました」
梓晴は仰々しく返事をする。
香月は一度決めたことを覆さない。
「賢妃様。一度、陛下に文を書かれてくださいな」
「なぜ?」
「結界の修復は国の一大事。それを陛下の知らぬところで起きるのは、陛下の威厳に関わります」
雲婷は文と筆を香月の前に机に並べる。
いますぐ、文を書けば間に合うだろう。
「そういうものか。後宮というのはめんどうだな」
「そういうものなのです。ここは玄家ではないということを改めてご理解なさってくださいませ」
雲婷の言葉に香月は頷くことしかできなかった。
香月は筆をとり、簡単に文を書き始める。
……後宮の決まりごとは理解ができない。
文を届けたところでなにが変わるのか。香月は理解をしていなかった。
玄家では決定権を持っていたのは当主だ。その次に当主候補であった香月である。だからこそ、重要なことでなければ許可を得る必要がなかった。
……茶会にて剣舞を披露するとでも書いておけばいいか。
奉納になる保証はない。
しかし、気功を込めて剣舞を踊れば、四夫人の賢妃は健在であることが証明されるだろう。
それが相手に伝わる保証はどこにもなかったが、少なくとも、敵う相手ではないと悟るはずだ。
* * *
玄武宮の茶会は豪華だった。
こだわられた茶器と木犀の茶を用意され、菓子は数十種類にも及ぶ。
「黄昭媛、茶会のお誘いをいただき感謝をする」
香月は優雅に席に座りながら声をかける。
それに対し、藍洙は目を見開いていた。本来、格上の相手に対して礼儀正しく振る舞わなければならない。後宮での身分制度は与えられた地位によるものだ。
……礼儀を習っていないのか。
藍洙の生い立ちは調べさせた。
かつての名門の黄家とは思えないほどに落ちぶれた生活をしており、家族を養う為だけに後宮の下女として働いていた。そして、その性格と生い立ちから酷い嫌がらせにあっていたところ、昭媛の座を与えられた。
しかし、昭媛としてふさわしい振る舞いは身についていない。
だからこそ、目上の人間である香月を当日の朝に茶会に誘い、15時までに茶会の準備を玄武宮でするように命じるような文を書くように指示できたのだろう。
「どうかなされたか。黄昭媛。貴女の望んだことだろう」
香月はわざとらしく声をかける。
藍洙は震えていた。恐怖ではなく、怒りによるものだ。
「貴女と話がしたいと思っていたところだ。私のところにいた侍女が世話になっていたようだったからな。あぁ、これは失礼。解雇した元侍女だった」
香月は藍洙の話を待たず、次から次へと話しかける。
しかし、席に座るようには誘導しない。
常識のない相手をする暇はないのだと無意識に圧をかけていた。




