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後宮妃は木犀の下で眠りたい  作者: 佐倉海斗
第二話 玄武宮の賢妃は動じない
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03-1.寵愛の噂

 翌朝、迎えに来た宦官を引き連れて玄武宮を立ち去っていた俊熙の姿を目撃した侍女や下女は多く、噂は瞬く間に後宮中を駆け巡っていた。


「賢妃様。朝方、このようなものが玄武宮の入り口に置かれておりました」


 梓晴は掃除をしている時に発見した壺を抱えていた。


 簡単に汚れを落とされた壺の中身は発見した時と変わらない。梓晴は爆発する危険のあるものではないことだけを確認し、速やかに香月の元に運んできたのである。


「ありがとう。それなら、中身を確認しようか」


 香月は当然のように壺を受け取ろうとした。


「なりません!」


 雲婷は慌てて壺を取り上げる。


 そして、視線は中身の確認もまともにしないまま、室内に持ち込んだ梓晴に向けられた。露骨なまでに非難するような視線を向けられ、梓晴は慌てて顔を逸らした。


「なにも手を加えていません。発見したままの状況です!」


 梓晴は言い訳のような言葉を口にする。


 この場にいる誰もが梓晴が仕込んだものだと疑っていないのにもかかわらず、疑いを掛けられているような錯覚に陥ったのだろう。


「それは言い訳にもなりません! いいですか? 呂梓晴。賢妃様の身になにか起きてからでは遅いのです。発見したのならば、その場で中身の確認を行い、賢妃様には報告だけを行いなさい。実物を持ってくるなど、ありえません!」


「え、ええ? でも、玄家では――」


「玄家にいた時の習慣を捨てなさい。ここは後宮です。お嬢様は玄家の当主候補ではなく、四夫人の賢妃なのです。そのことを頭の中に叩き込みなさい!」


 雲婷の言葉は正論だ。


 欲望と陰謀が駆け巡る後宮において、わざとらしく玄武宮の入り口付近に置かれていた不審な壺はなんらかの罠である可能性が高い。


 ……呪術の気配はないが。


 呪い殺そうと企んでいるのならば、白昼堂々と壺を置いていかないだろう。


「雲婷。そこまでにしておけ」


 香月は雲婷が手にしている壺の蓋を迷うことなく開け、中身を覗き込んだ。露骨なまでに雲婷が驚いているのも、香月の迷いのなさを見た梓晴が引いているのにも気づいていない。


「大したことのないな。知識のない素人の失敗作だ」


 香月は想定内の出来事に呆れたような口調で言った。


 ……愚かな人もいたものだ。


 後宮は女性たちだけで構成されている。


 李帝国では女性に武功や呪術の知識は不要であると考える者も少なくはない。


 その為、政治の道具として使いやすいように、妃の資質に関わるような知識や芸術などの教育には力は入れるものの、武功や呪術には興味を抱かないように言い聞かせて育てる家もある。


 その結果、呪術の心得がある者に利用される女性が現れるのだ。


 ……蟲毒でも作ろうとしたのか。


 呪術の知識が少ない者による犯行だろう。


 危険な行為をしているのではないかと疑いを抱かないように、最低限のやり方だけを教えて実行させたのに違いない。


 それで呪術は成立しないとわかっていながらも、命を狙われていると思い知らせるのにも、恐怖心を抱かせるのにもちょうどいい。


 これは忠告だ。


 寵愛を受けるのならば手段を選ばないという警告だ。


 しかし、相手が悪かった。


 香月は呪術の使い手でもある。最北端の山々の中、修練を続けていれば、死後は仙女になることができるだろうと言われるほどの使い手である。


 その為、香月には意味のない行為だった。


 ……失敗どころか呪術として成立もしていない。


 本来、人目のあるところに置いておくようなものではないが、壺の中でうごめているムカデやクモ、トカゲの数は五十にも満たない。それも今朝捕まえられたばかりなのか、共食いをした形跡もなかった。


 そのような呪術があると耳にした者が行った可能性が高い。


 ……形跡を探るか。


 中身は必要はない。


 香月は蟲毒を使うのには問題点が多すぎることを知っていた。


「賢妃様。それはなにを企んでおりましたの?」


 雲婷は恐る恐る問いかける。


 壺の中身を見て、嫌な予感しかなかった。


「蟲毒を作ろうとしたのだろう」


「蟲毒!? あれは危険な呪術ではないのですか!?」


「成功をしていれば危険だ。だが、残念なほどに失敗しているよ」


 香月は呆れていた。


 呪術は見様見真似で、できるものではない。なにより、術者にかかる負担と危険性を理解せずに行うのは信じられないものだった。


「中身を逃がしてやれ。一緒に壺も投げ入れてやるといい」


「はい。場所はどこにしますか?」


 梓晴の問いかけに対し、香月は壺を見つめたまま無言になる。


 ……辿れ。


 気を張り巡らせる。


 呪術に慣れていない気配を探るのは簡単だ。痕跡を消さなければならないと知らない相手の居場所を探るなど、香月にとって息をするように簡単なことだった。


 ……後宮内。指示役の侍女と従う下女が複数いるな。


 後宮内を行き来している姿が脳裏に映し出される。


 寵愛の噂を聞きつけ、あちらこちらに歩いて回り、使用できそうな虫を集めて回ったのだろう。


 ……玄武宮で人の手を介したか。


 玄武宮の内通者に手渡しをしたのだろう。


 ……言い逃れはさせてあげられないな。


 内通者に同情の余地はない。


 だが、内通者は壺の中身がわからず、置き場所もわからず、指示を仰ぐ為にその場を離れることにしたようだ。その際、とりあえず入り口に壺を置いていったのだろう。


「簡単に鼠が尻尾を出したな」


 想定外の早さだった。


 香月は思わず笑ってしまう。


「せっかくだ。文を添えておこうか」


「文ですか? 蟲毒もどきをお返ししますとでも書いておきましょうか?」


「いや。翠嵐姉上の分もお返ししますと書いておこう」


 一夜の噂を聞きつけただけならば、行動が異様なまでに早い。


 事前に香月の侍女を買収していたことも考えると、翠嵐を追い詰めた人物と同一犯か、もしくは共犯者の可能性が高かった。


「翠嵐姉上は恐ろしい思いをさせられたことだろう」


 香月とは違い、翠嵐は呪術の知識がなかった。


 誰一人、味方のいない中、虫が入れられた壺を置かれた時には泣き叫ぶほどの恐怖を味わったかもしれない。


「玄家を敵に回したことを後悔させなけれならない」


 香月は翠嵐の仇を討つと決めていた。


 玄家がそれを望んでいないと知っていたものの、翠嵐の死をあやふやなものにしておきたくはなかった。


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