筋トレ3 次期公爵がケンカを売りに来た
この修道院には私以外に三人のシスターがいる。
院長のシスター・アグネス。
優しいおばあちゃん。
院長の次に修士歴が長いのがシスター・ハンナ。
世話焼きお母さん。
二十代のシスター・クロエ。
姉御って呼びたい。
私が加わったことにより四人になった。
修道院での生活は自給自足と寄付で成り立っている。
日課はお祈りと礼拝堂の掃除、孤児院での奉仕活動、修道院の敷地内にある畑を耕し、鶏の世話をする。
お隣にある孤児院は先生が足りていないから、私たちシスターが手伝いをするのだ。
「シスター・キントレ。今日は領主様が視察にいらっしゃるから、普段以上に丁寧に掃除しましょう」
「はい、シスター・クロエ!」
私はぞうきんとバケツを持って礼拝堂の掃除に勤しむ。
シスター・アグネスとシスター・ハンナは、それぞれ玄関と客室の掃除をしている。
水拭きのあと乾いた布巾で仕上げ拭き。
肉体労働で筋肉が歓喜の声をあげている。
前世はデスクワークで体がなまってたから。
「あんた、本当に楽しそうに掃除するねぇ。アタシがあんたくらいの年齢のときはめんどう臭くて嫌だったよ」
「私、部屋にこもるより動くのが性に合うんです。筋肉が喜ぶからぞうきんがけ大歓迎です」
見て。
ぞうきんがけで、いい感じに腹直筋と大殿筋に負荷がかかっているわ!
朝食はとれたて卵を焼いたものだったからタンパク質もとれる。
いい筋肉さんが育つね。
「シスター・キントレ。おいでなさい。領主様がいらっしゃったのでご挨拶を」
「はい、シスター・アグネス」
私だけは新入りだから、挨拶は必須ね。
シスター・アグネスに呼ばれて客室に入ると、いい服を着たおじ様と美少年と対面した。
「シスター・キントレ。こちらは領主である、コルベール公爵様。そしてご子息のジル様。ジル様はいずれ公爵様の跡を継いでここの管理をなさるの」
「シスター・キントレです。三日前からお世話になっています。よろしくお願いいたします、領主様、ご子息様」
お辞儀して考える。
どっかで聞いた名前だなぁ、ジル・コルベール。モブとは思えない美形だ。
……あ。この美少年、攻略対象の一人だ。クール次期公爵。時間軸がゲーム開始前だから、アイナからもらったスクショより幼い。
「ふうん。新入りね。君、来月僕が視察に来るときにはいなくなっているんじゃないか? 修道院は遊び場じゃない。見るからに非力そうだし、シスターたちに迷惑をかける前に、早くママのところに帰るといい」
流れるようにイヤミを言うジル。
私、見た目は子どもでも、中身は三十間近の大人よ。
「私が母親を恋しがるお年頃に見えるなんて。ご子息様はお若いのに視力と眼筋が弱っているんですね。今後きちんと領地運営するためにも、今のうちにお医者様に診てもらったほうがいいですよ」
笑顔で言葉のボディブローをかます。
どう考えても好感度が急降下したと思う。
「それが未来の領主に対する言葉か!? 何なんだお前!」
ジルは肩をふるわせた。クールはどこいった。
公爵様は私を叱るどころか笑っている。
「レディに対する礼儀がなってなくてすまない。愚息にはもう一度マナーの講師をつけることにするよ」
「なぜこいつでなく僕のほうが叱られているんだ」
納得いかなそうな顔をしたジルは、公爵様に引きずられて帰っていった。
グッバイ恋愛フラグ。