3話「できることがあるなら」
木の陰にいるところを発見した青年はそっけなかった。まるで、それ以上寄ってくるな、とでも言われているかのようで、会話を続けるのも少し躊躇ってしまうような。しかし途中であることに気づいて、そこからはそんなことはどうでも良くなった。
そっけなさなんて気にしている場合じゃない、そう思ったのは――彼が火傷を負っていることが判明したから。
「火傷しています! 大変……あ、そうだ、ちょっと待っていてください」
「……放っておいてください」
「できません! そのようなこと! あの、少し魔法を使っても?」
また恐れられるかもしれない。また嫌われるかもしれない。これまでもそうだったように、私が目の前で魔法を使ったなら彼もまた嫌な顔をするのかもしれない。
でも、それでも、どうしても放ってはおけなくて。
もしも嫌われたとしても……それでもいい。
その覚悟で行動に移す。
「魔法?」
「はい、魔法を使って水で冷やします」
「……あの、結構です」
「嫌ですよね、分かります。でも、その、魔法を使っても健康被害はありませんから。ですからどうか過剰に心配なさらないでください。本当に、水で冷やすだけなのです。火傷は冷やしたほうがいいと聞きます」
魔法を発動し、彼の火傷を負った右腕に水をぶっかける。
彼は驚いた顔をしていたけれど、数十秒後私は水を止めた瞬間「本当に水でしたね」と独り言のように呟いた。
「これで少しはましなはずです。あとは早くどこか治療してもらえそうなところへ行って――」
「ありがとうございました」
その時、彼の口から、想定外の言葉が出てきた。
「少しましになった気がします、ありがとうございます」
彼の表情は直前までより少し柔らかいものとなっていて。
「僕はウェネスと申します。ええと、貴女は確か……」
「オレッタです」
「ああそうでした……! オレッタさん、ありがとうございました」
ウェネスの瞳には光が戻っている。
良かった、役に立てた。
それに怒られなかった。
今はそれが何よりも嬉しい。
親切心のつもりでやったことが人生に悪い影響を与える、それが何よりも怖い。だからこそ、善意が善意で伝わったのだと分かってほっとした。何もお礼を言ってほしいとか感謝して奴隷のように付き従ってほしいとかそんなことを望んでいるわけではない、が、やはり、善意の行いに対して素直に感謝してもらえると嬉しいものだ。
「ウェネスさんと仰るのですね」
「はい」
「しかし、こんなところで一体何を? 早く病院にでも行った方が良いのでは……」
言えば、彼は目を伏せる。
静けさの中を一筋の風が抜けていった。
「……追い出されてしまったのです、先ほど」
「えっ」
「病院での治療中に怖さのあまり魔法を発動させてしまいまして、それで……お医者さんを怒らせてしまったのです」
話を聞いて驚いた。
貴方も魔法が使えるの!? と。
驚くところが変かもしれないが……。
「じゃあその火傷は暴走時の魔法で?」
「いえ、たばこを」
「え……」
「怒ったお医者さんにたばこを押しつけられてしまいまして」
「嘘でしょ……」
医師がそんなことをするなんて。
「そのまま逃げてきてしまって今に至っています」
「そうなんですか……」
何と返せば良いものか。
沈黙が訪れてしまった。