10話「王子の悩み」
王子バトレッサ・オーディオンには悩みがある。
それはかつて婚約者であったオレッタを裏で消してしまおうという作戦がなかなか上手くいかないということだ。
ある意味での汚点、それを消してすべてを清潔な白へ戻したい――そうなった時に最も邪魔なのはオレッタで。
それで何度も刺客を送ってみたものの、ある者は拘束されある者は逃げ、と見事なまでに失敗を繰り返すこととなってしまった。
そして今に至っている。
「あのような穢れた女、どうして上手くやり過ごすんだ……。魔法か? 魔法なのか? 魔法で抵抗しているのか? ……ったく、もう、ああ腹が立つ。あいつのことばかり考えてしまっていることにさえ腹が立つ」
とにかく苛立っているのだ、バトレッサは。
――そこへやって来る侍女。
「バトレッサ様、例の者を連れて参りました」
「何だと?」
「先日仰っていた件です」
「ああ、刺客候補の魔法使いか」
「はい」
「分かった、入れろ」
「承知いたしました」
オレッタ暗殺が上手くいかずしびれを切らしたバトレッサは先日ついに『魔法使いに暗殺を頼む』という最終手段に手を出した。魔法批判派の彼としてはなるべくやりたくないことだったのだが、そうするしかない、と考え、ついにそこにまで至ったのだ。
「こんにってぃわ!」
そうしてバトレッサの前に現れた魔法使いは、小柄な男だった。
しかも喋り方にかなりのクセがある。
ひまわりのような明るさのある者ではあるのだが、口調に違和感があり、真剣に喋っているとは考え難いような口調だ。
「お前が魔法使いか」
「そうでっつる!」
「ふざけたやつだな、恥を知れ」
「恥なっんて! もうないっでぃす!」
「何なんだ!!」
「落てぃ着いて落てぃ着いて。……しっかりお仕事しまっすよ」
しかしながら男は真剣だった。
ただそう見えないだけで。
「そうか、本当に殺せるのだな?」
「はいぃ~っ、もってぃろぉ~ん! 彼女は水属性でっすよね? ならば我が電撃魔法で楽勝でっしょう!」
「では頼んだ」
「はぁ~っい! お任せくだっさぁ~いん!」
男は内また気味にした二本の脚を交互にルの字のような形にしながら依頼を受ける。
「三日だ! いいな!」
「もってぃろんどぅぇ~す」
「それ以上は待たない!」
「承知ぃ」
男が退室してから重苦しく溜め息をこぼすバトレッサ。
「本当にできるんだろうな……ったく、恥の塊みたいなやつ。これだから魔法を使うやつは嫌いなんだ、けがらわしい……」
あの男が吸った空気を吸うだけでも嫌だ、とでも言いたげに、バトレッサは顔をしかめる。
誰もいないからこそできた表情だろう。
「さぁオレッタ、いい加減消えてくれ。さっさとこの世から卒業してくれ――俺のために、な」
呟いた彼の瞳の奥には黒い闇が宿っていた。
それは、オレッタの死を願う色。