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001 五歳~七歳秋

突然思い浮かんだネタですが、よろしくお願いします。

私、玉城(たまき)美桜(みお)は、眠ることが大好き。

夜にぐっすり寝るのも、朝に二度寝するのも、午睡(ひるね)も、全部好き。

あとはどうと言うこともない、どこにでもいるような独身アラサー社会人(ビジネスマン)

……の、はずだった。


「……何、ここ」


二度寝の誘惑を毎朝振り切って出勤して、仕事に明け暮れ。

浮いた話もなければ、趣味らしい趣味もなく。

安眠には良くないとわかっていながら、夜もだらだらとネット上に視線と意識を泳がせて。

フリー辞典を流し読みしては、寝なければならない時間までを過ごし。

出勤のために起きなければならない時間までの安眠を求めて、眠りにつく。

そして休日は、その報復とばかりに思う存分眠る。

そんなよくある、しかし身の丈に合う範囲で幸せな日々の繰り返し。

……の、はずだった。


(……こんな部屋、知らん……!)


そんな生活様式(ライフスタイル)がむしろ自分向きと、自分なりに満足して昨夜も眠りについた、はず。

いつものように寝て起きたら、それがない。

私の自宅は日本の無機質なアパートのはずだが?

どうして欧風で古風な部屋に?


(毛布? ファーか?)


寝具は毛皮のようだった。

手触りはそう目立って良いとは思わないけど、寝付けないほど悪いわけでもない。

ああ、なるほど、夢か。

ならば二度寝しよう。

夢から覚めればいつもの自宅。


「おはようございます、お嬢様」


お嬢様?

誰の事よ。


「さあ、もう朝ですよ」


やめろ、毛布を剥がすな!

私は二度寝するんだ!


「いけません、レヴお嬢様」


レヴ?

私は……美桜だろう……?

おかしい。

夢が……終わらない……




……目が覚めるにつれて、本来なかったはずの記憶が合流してきた。

キュリー伯爵家。

ここはどうも貴族の(やしき)らしい。

私は次女のレヴ・キュリー……なんだそうだ。

当主である父、ドミニク・キュリー伯爵と、母と、兄が二人と、姉が一人。

長兄のノエは十歳。

次兄のエヴァンと姉のエーヴは双子で七歳。

母、リアーヌの年齢は……わからない。

ノエが十歳ということはアラサーかとは思うけど、二十歳そこそこの若さにも見える。

そして私ことレヴは五歳。

王都に勤めていて顔も年齢もわからない父以外は、治めている領地の中にある町に……町と言っても人口は千人もない、小さな町に……邸を構えて、そこで使用人たちと暮らしている。

領主の家族として、貴族として、特に不自由はない……


「……硬い」


……不自由はない。

人々のレベル、生活水準や意識そのものが私の知る日本よりはるかに低く、日本にある様々なものがないことを『不自由』と呼ばないことにするのなら、だが。


「どうしたの? スープにつけて、ふやかして食べるのよ」


この硬いパンについても同様。

母リアーヌはそう言うけど、それでも何と言うか、キツい。

貴族階級でさえこれなのだ。

庶民などどれほどの苦難が、苦難と定義されることすらなく日常になっていることか。


「はぁい」


今の状況では文句は言えない。

言われた通りにおとなしくしていよう。

このふざけた夢から覚めるまでは……




……覚めない。

既に数日は経過したが、玉城美桜に戻らない。

私はすっかり、レヴ・キュリーになってしまったようだ。


こうなったら少しでも早く領地の運営に参加……いや、参画して、生活環境を片っ端からレベルアップさせなければ。

でなければ、ゆっくり眠れない!


「レヴお嬢様、湯浴(ゆあ)みのお時間ですよ」

「やった!」


日本とは比べ物にならない暮らしの中での、数少ない楽しみ。

それは入浴だった。

この世界ではなんと、貴族でさえ入浴は毎日ではない。

湯を沸かせる燃料もタダではないからだ。


「あったかい……」


そして、入浴での楽しみ。

使用人に髪を洗ってもらえる。

これだけは玉城美桜の生活よりも良い点だった。

日本でいい歳の大人が髪を洗ってもらえるなんて、美容院に入った時だけだもんな。

それと、面白かったのが入浴に付いてくれる使用人の名前。


「ティモテ~♪ ティモテ~♪」


あくまでもシャンプーの商品名ではない。

使用人の名前がティモテなのだ。

だからコマーシャルソングではない。

いいね?


「レヴお嬢様は、お風呂となると一番聞き分けがよろしくて助かります」

「そうなの?」

「はい、ノエ様もエヴァン様もお風呂嫌いで、エーヴ様はくすぐったがり」


まだ子供だものなあ。

それは『普通なら』仕方ないだろう。

私は普通じゃないけど。


「お風呂に入れた日は、しっかり眠れるから好きなの。本当は毎日お風呂に入りたいのに」

「あらあら、また寝ることのお話ですか。レヴお嬢様は、寝床から出るとなると一番聞き分けが悪くて困ります」


私の行動は安眠が得られるかどうかで決定する。

私の眠りを妨げるのが悪いんだ。


「でも、毎日お風呂は無理ですねえ。《魔法使い(マジックユーザー)》のように、火の魔法が使えるのでもなければ」

「魔法……!」


そう。

まさに《魔法》という言葉を聞いたとたんに、感覚が伝わってきた。

自分の体内にある見えない力に具体性と実力を与えて、方向を決めて出す。

ライターをイメージして……


「火よ、灯したまえ」


……出た。

ノズルが長い形状のライターみたいに、指先から小さい火が。


「まあ! まあまあ、まあっ!」


ティモテがびっくりしてる。

ああ、火事の危険があるからね。

子供が火遊びなんかするものじゃない。

消そう。


「消えた!」

「消したの。危ないから」

「まあ! ご自分でお考えになって!?」


これはいけなかった。

火は一瞬で消したから、危ないこともなく、母に叱られたわけでもない。

問題はそこではなく『五歳児のくせに魔法が使えて、火を出すのも消すのもきちんと制御できて、火が危ないのを理解している』こと。

確かに普通じゃない。

たちまちティモテから母に報告が行って、私は母に呼び出された。


「レヴ、もう一度やって見せてちょうだい」

「はい。火よ、灯したまえ」


私が出した火に、母がろうそくを近づける。

ろうそくに火が点いて、部屋の明かりが増えた。


「すごいわ。本物の火よ」

「ですけどお母様、火は怖いものでもありますから」

「ええ、そうよ」


母が私を抱きしめる。

玉城美桜が持っていなかった豊満な実りに、五歳児の小さな体が埋まる。


「私が嬉しいのはね、レヴ、あなたに魔法の素質があることじゃないの。あなたが火の危なさ、怖さをきちんとわかってくれていることなのよ」


こうして自分を理解してもらえるなら、レヴ・キュリーの生活も悪くない。

どこまでの魔法が使えるかわからない。

もしかしたらこの火だけかもしれない。

でも、娯楽も何も乏しい世界の五歳児には、暇はいくらでもある。

夢から覚めるまでの暇潰しに、練習してみよう。




一年が過ぎた。

そう……

一度たりとも、一瞬たりとも、レヴ・キュリーから玉城美桜に戻ることがないままに丸々一年が過ぎて、六歳になってしまったのだ。

何しろ娯楽どころか幼年期の教材も、幼年期のうちから教育を始めるという概念さえも乏しい世界で、やることと言ったら魔法の鍛練か、寝るか。

そんな生活を続けていると。


「水よ、満たしたまえ」


石を敷いた上に置いた浴槽に、水を張り。


「火よ、石よ、暖めたまえ」


浴槽の下の石を熱して、水を湯にして。


「風よ、巡りたまえ」


暖かい空気が逃げないように、空気の流れで断熱して。


「光よ、照らしたまえ」


浴室内は照明で光源を確保して、明るく。


「ああ、快適……!」


鍛えた魔法でどうとでもなる、快適な入浴。

私の魔法は、生活に密着する内容の範囲で日毎に上達していった。

燃料費を気にせず湯が使えることで、掃除や洗濯の効率も上昇。

綺麗好きと言われながらもティモテには毎日髪を洗ってもらい、家族たちも毎日入浴できるようになり、少しずつ生活の質を上げていく。


「そして、寝るっ!」


よく魔法を使って疲れた日は、よく眠れる。

しかし一年も続けていると、日常生活のための魔法だけでは疲れなくなってしまった。

仕方ないので違う方向の鍛練を増やす。

庭に出ることを許してもらい、大人の使用人が見守っている中、安全な用途で魔法を使って鍛える。

金属製の箱の中に台所の生ゴミを入れて、天の魔力の風で乾かしたり、火の魔力で点火して燃やしたり、水の魔力でその火を消したり、出た灰を地の魔力で土と混ぜたり。

別に何かと戦うわけじゃない。

瞬間的な最大出力よりも、安定して長く出し続けられる定格出力を。

定格出力と同時に、必要に応じて変えられる出力の細かな制御を。

それらがあればいいと思っていた。




そんなわけがあるか。

さらに一年が過ぎ、私は七歳に。

十二歳になったノエは、来春から王都の学園に通うことになった。

そこまではよかった。


「今年はダメかもしれない」

「雨が多すぎたからな」


誰からともなく聞こえる諦めの声。

農作物の育ちがあまりにも悪い。

このままでは不作なんてものじゃない。

凶作、飢饉だ。


「なんとかなりませんか!」

「このままじゃあ、税どころか食うものも……」

「お願いします!」


伯爵家の邸には毎日のように、ではない。

毎日欠かさず誰かが、税の減免を求めて訪れていた。

おかげでゆっくり眠れない。


「なんとかインチキできないかな……」


私の行動は安眠が得られるかどうかで決定する。

私の眠りを妨げるのなら仕方ない。

最終手段だ!


「長雨と日照不足が原因、水不足ではないなら地の魔力単体、いや、日照だから光の魔力と複合か。気温の影響もあるなら火の魔力も」


しょぼくれる畑を眺めて、魔力を制御し、行き渡らせる。

各属性を併用するしかないな。


「光よ、照らしたまえ。火よ、暖めたまえ。風よ、行き渡らせたまえ。地よ、育みたまえ」


十分に足りている水以外の属性を総動員して、作物が育つかどうかに賭ける。

うまくいかなければきっと破滅。

減税を拒んで無理に取り立てれば、暴動が起きかねない。

かと言って減税だけしてみせたところで、食べ物がないのは上も下も同じ。

そもそも減税しようがしまいがいずれにせよ、まず食べ物の奪い合いが始まるだろう。

そんなものは私が求める暮らし、安眠とは程遠い。

となればもう、魔法でもインチキでも何でも使って、食べ物を……

収穫を増やすしかない。

頼む、うまくいってくれ!


「お? なんか、伸びてねえか?」

「本当に?」


わからん。

伸びてないなら伸びるまで続けるしかない話だ。

レヴ・キュリー、最大出力!


「伸びてる、伸びてるぞ!」

「実が大きくなってる! 本当だ!」


どのくらい伸びればいいんだろう。

もっとかな?


「すげえ! 次女様すげえ!」

「奇跡だよ、これは奇跡だ!」


大丈夫そうかなという気がしたところで、すごく眠くなってきた。

あとは任せて、ゆっくり眠ろう。

私の魔法は、安眠のため、に……




ぐっすり寝た翌日。

まだ邸の外がうるさい。

どういうことだ。


「お願いします! うちも、うちの畑も!」

「どうか、奇跡を!」


そうか。

昨日は眠くなるほど魔法を使ったけど、いくつもある畑のほんの一枚に過ぎない。

加えて、昨日の魔法を大勢の領民が既に見てしまっている。

どうせやるならとことんまでしかないか。


「お静かに! 一日に畑一枚を私が眠くなるまで、順番にします」


あれ、疲れるけどやるとかなり鍛練になるみたいで、よく眠れるみたい。

私の行動は安眠が得られるかどうかで決定する。

よく眠れるためならやるぞ。

行き先まで歩かなくて済むように、また、眠くなった後に邸まで運んでもらうように。

往復の足に使用人の中から男手を連れて出て、次の畑も同様に育成(インチキ)


「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「一度に全部の畑は無理ですよ……順番に、ですよ……ぐー」


翌日、また次の畑も同様に育成(インチキ)したところで、新しい危険が思いやられた。

もしもこの魔法か私自身かが、途中で失われたら?

まずいな、釘を刺しておこう。


「今はうまくいっていますが、こんなうまい話がいつまで続くかわかりません。私から魔法の力が消えたり、私が途中で死んだりしても、どうか恨まないでほしいのです」

「そんな、もったいないお言葉です」


そう言えるのも今のうちだけかもね、って言ってるんだよ。

まあ、やれるだけはやるけどね。

そのまた翌日。

喧嘩があちこちで見られた。


「何事ですか」

「順番争いです。次女様のお力が続くうちに、早く自分の畑に来てもらおうと」

「嘆かわしい!」


私の安眠をこれ以上邪魔するんじゃない。

しばくぞ。

まあ、また次の畑の育成(インチキ)が済んでも大丈夫だった。

翌日……になる前に、深夜。

邸の中が騒がしい。


「泥棒、いや、人さらいです!」


農民のうち一人が、納税する作物を詰める大袋を持って、邸に入り込んでいた。

こんな深夜に来ていながら、何か物を盗んでいる様子もなく。


「次女様に、次女様にうちに来てほしくて」


それで拉致か!?

大袋は私を詰めるためか!?

中身アラサーの大人精神(メンタル)でも、さすがに怖いんだけど!

これはどうなるんだろう。

とりあえず『私の安眠を妨げた罪は重い』と言って、後は使用人に任せた。


「わァ……」


翌日。

開始時間を少し遅くしてもらったら、昨夜の拉致未遂事件の犯人が絞首刑になってた。

任せた結果は、死刑か……


「次女様におかしな真似する奴なんざ、こうですよ」


ヤバいヤバいヤバいヤバい。

私知ってる。

株価が急上昇した銘柄ほど、急落した後が怖いんだって。

証券も、人も!


「うまくいってうまくいってうまくいってうまくいってうまくいかないならいっそ私が死ね」


祈るような気持ちしかない。

でも私が途中で死んだら、領民の怒りは必ず家族を焼く。

なぜかレヴ・キュリーになって二年くらいしか経ってないけど、二年もうまくやれたなら愛着も湧く。

キュリー伯爵家の皆も、今や大事な家族だ。

ここで終われない。




プレッシャーと隣り合わせでひたすら繰り返し、半分を過ぎたあたり?

段々、領民たちから焦りが消えてきた気がする。


「そりゃもう、次女様のおかげに決まってますぜ。これだけありゃ、分け合えばなんとかなります」


分けてもらう方はそれでいいかもね。

分けてあげる方はそうじゃないんだよ。


「ですが、だからと言って途中でやめれば、うちには来なかったという者が不公平に思うことでしょう。力の続く限り、私は次へ向かいます、皆に公平に行き渡らせるまでは」

「すげえ……すげえや!」


なんか最近、領民が私を見るなり拝んできてない?

大丈夫?

変な宗教でも流行ってんの?

いや……別に怒ることじゃないか。

私はただ、ゆっくり眠りたいだけなんだ。


「よく考えたら、終わると眠くなるから皆の様子なんて見てないかも」


私は自分の安眠のために生活基盤を安定させたい。

だからやってるだけのことで、自分のためだからね。

結果をどう思おうとその人の勝手。

さあ、もう少しで終わる。

もってくれよ……

いや、終わったら死んでもいいって意味じゃないからね!?




最後の一枚!

これで全員、不公平もなく、恨みっこなし!

あとはこの眠りの後、どうなるかな。

魔法の力が失われるのか、死んじゃうのか、夢から覚めて玉城美桜の自宅か。

毎回恒例、使用人に運ばれて、寝ながらにして、自分の寝室へ。


「よくがんばりましたね」


夢の中っぽい暗闇の中で、そんな声が聞こえた。

何だろう。


「結論から言います。貴方は玉城美桜には戻れません」

「あ、そう……」


真っ暗で姿も見えず、どんな立場の人物かはわからない。

ただ、そう言われてみてもそんなに残念とは思わなくなっていた。

考えたら玉城美桜は日本的(ジャパニーズ)社会人(ビジネスマン)だから、ゆっくり眠れず毎週五日は出勤だもんね。

それに比べたらキュリー伯爵家の暮らしは寝たい放題も同然だ。

意外と未練もなかった。


「近頃は『日頃は違う世界に行きたがるくせに、いざ本当に来てみると来た後の文句が多い』という者ばかりで、困っていたところです」


そりゃそうだろう。

この世界は日本に比べれば足りないものが多すぎる。

私だって最初はそうだった。

好きに寝させてくれるから今はやっていられるだけよ。

……いや、待て。


「私は、別に来たいなんて言ってなかったはずなんだけど」


そう。

他の人は望んで来たかもしれないけど、私は望んでない。

私の望みはただ、安眠とそれを支える暮らし。


「はい。ですので最近は希望者を来させるだけでなく、死者の中でも本人の意思や不手際によらない死因の方を来させる数を増やしまして」

「は!?」


死者!?

私、と言うか玉城美桜、死んだの!?


「はい。死因はアパートの隣室の火事です。貴方は何も悪くありませんので」


死んじゃったんじゃ、戻りたくても戻れない。

私は安眠は好きで毎日求めてるけど、永遠の眠りの方は求めてなかったぞ。


「そういった方々に『転生』という形で、こちらの世界で生きていただいているのです。通常は前世の記憶は残らない仕様ですが、貴方には例外的に残っているようで」


はあ、それでか……

天の神様の言う通りじゃ、どちらにしようかなも何もない。

日本の……前世のことは諦めて、レヴ・キュリーとして生きよう。

それで安眠が得られるのなら。


「貴方ならきっとうまくやれますよ。素敵な殿方と恋をして、幸せになれます」

「恋愛脳か!」


まずいな、こいつはスイーツか。

だとするとかなり苦手なタイプだ。


「私はゆっくり眠れる世界なら何でもいい。今回のことも、自分がゆっくり眠るためにやっただけ。作物以外でも、そのために必要なことならやるの。技術を広めることでも、治安を良くすることでも、必要ならそれに応じて」


そう。

二年過ごした中でも、生活のレベルは身の回りのほんの少ししか上がってない。

特に食糧の方は……飯が不味い。

そのあたりもなんとかしないといけないのに、恋愛なんかしてられるか。


「貴方の人生です。貴方が望むように生きてください。他者の望みと衝突しない限り」

「言われなくたって」


声が聞こえなくなって、暗闇だけになって、夢が終わった。

後はゆっくり寝させろ……




魔法で育成(インチキ)した作物も無事に収穫を迎え、どうにか今年も飢えずに済んだ。

でも、代償が全くないわけでもないらしかった。


「聖女ですって?」

「はい。レヴお嬢様は聖女です」


本来なら今年は、飢饉で大勢が死ぬところだった。

それを餓死者はゼロ、強いて言うなら拉致未遂事件で死刑執行が一件だけ、というところに抑えたのだ。

その原動力が……つまり、魔法でなんとかした私が……領民の間で《聖女》と呼ばれているらしい。

そんな噂話をティモテから聞いた。


「聖女っていうのはもっとあれでしょう。教会が認めた権威で、こういう小さい町にはいないような」

「我々にとっては、飢え死にするところだった我々をお救いくださったレヴお嬢様こそが聖女も同然、ということですよ」


確かにこの町、教会自体はあるけど小さいし、司祭のおじさんも祈ってはいたけどそれ以外何もしてなかったし、効いてなかったしな。

目に見える形で見せてしまった私の方が目立ってしまうのは、むしろ当然かも。


「ですが勝手に私を聖女だなどと呼んでは、教会が黙っていないでしょう。司祭様には、私はそんな存在ではない、そんなつもりもないと、お伝えしなくては」


そう。

日本の感覚だと軽視されがちだけど、ここに信教の自由はない。

魔女狩りで拷問されるのはまっぴらごめんだ。

司祭に会いに行こう。

可及的速やかにアズ・スーン・アズ・ポッシブル


「おおッ、これはこれは、レヴ様ッ! わざわざこちらまでお越しくださったとはッ!」


教会に着いて司祭のおじさんを呼ぶと、おじさんは私を見るなりひざまづいて拝み始めた。

さては領民が私を拝むのも貴様の差し金か?


「私はただの……いえ、ただのではないかもしれませんが、ほんの少々他人よりも魔法が得意なだけの、普通の人間です。魔女でも、ましてや聖女でもありませんから」

「いいえ!」


おじさん、人の話聞けよ!

違うって言ってるでしょ!


「日毎領民を思いやり、畑の様子を直に確かめては、睡魔に襲われるまで力を振るい、ご自分で歩けなくなるほどになるのも省みず、その力を全ての畑へ行き渡らせるまでお続けになり、やりおおせた……ッ! これが聖女の行いでなかったとしたら、何だと言うのですかッ!?」


ヤバいヤバいヤバいヤバい。

よりによって司祭という肩書きのある人間が、私を必要以上に神聖視しすぎている。

これは下手に刺激すると死ぬ。

社会的に。


「ともかく、必要以上に騒ぎ立てることはおやめください。私はただ、ゆっくり眠りたいだけなのですから」

「ご自身が一体どれほどのことを為し遂げられたかッ! それを自慢もせず、静かに暮らしたいとおっしゃるッ! なんと慎ましく、奥ゆかしいッ! まさに聖女ッ!」


このおじさん、人の話を聞かないだけじゃなく、暑苦しい……

それでも、釘を刺しておかないと。


「直接見た領民やあなた本人が私を聖女と思うのは、別にいいです。でも、そんな話を外ですれば、最悪の場合は教会から異端と指定され討伐されるかもしれません。決して、町の外の人間には言わないように」

「なんとッ!?」


私の行動は安眠が得られるかどうかで決定する。

内心の自由は尊重したいけど、信教の自由が尊重されない世界で宗教戦争はしたくない。

そんなの、ゆっくり眠れないから。


「今まさに、レヴ様の偉業についての書面を、司教様へ送ろうと……」

「バカー!! 絶対ダメ!!」


危ないところだった。

もし送った後だったら、取り返しのつかない事態に発展してたぞ!


「むうッ…… ですが、我々にとっては最早、レヴ様こそが聖女なのですッ。それだけは譲れませんッ」

「はあ」


言いふらされるよりはいいか。

内心の自由は保障しよう。


「……思うだけにしておくのですよ」

「ありがとうございますッ! レヴ様、睡魔の聖女、レヴ様ッ!」


何だ、睡魔の聖女って。

おかしなあだ名を思いつくんじゃない。

私はただ、ゆっくり眠りたいだけなのに……

レヴの行動は安眠が得られるかどうかで決定します。

ゆっくり眠りたいレヴと、レヴを放っておけない周囲とのギャップでギャグにしていく、かも。

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