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 こんな幸せな毎日が続いて良いのだろうか。なんだかあまりに幸せ過ぎて、突然足元を掬われそう……そんな秋月の不安が的中したのは、銀一と付き合い始めて五日後の夜だった。

 画家――職業としての名前を銀一は言ってくれなかったので、果たして彼が画家なのかイラストレーター? なのかは秋月にはわからなかったが――の銀一は休日の概念がサラリーマンとは違うので、付き合ってから一日使ってのデートというのはまだ実現していなかった。

 あれから毎日少ないながらも連絡は途切れず、二日に一度は夜泊りに来てくれるので、そんな小さなことは問題にもならなかった。

 それでも銀一的には問題だと思っていたようで、水曜日という平日真っ只中ではあるが、仕事終わりにディナーでもと誘われたのだ。もちろん店は――銀一の絵が飾られたオーナー<飼い主>の店だ。

 しかし今日行く店は、この前の店とは違う。怪しさ満点だがやり手らしいあのオーナーは、ここ古都の市内で店を何店か持っており、今日の店はどちらかというとカジュアルな居酒屋といったところらしい。普通の私服で行けるのはありがたい。

 家まで迎えに来てくれた銀一も、今日はカジュアルな服装だ。それでも黒の長袖シャツを着込んでいるので、少し心がモヤモヤしたが。細身のボトムスはシンプルだが、腕に光る腕時計がやけに高級そうでブランドを聞くのが怖いくらいだ。

「服、似合ってる。さ、行こか」

「……うん」

 大きな手に引かれながら、店に向かう。市内の居酒屋なので、秋月の家からだと徒歩で行ける距離だ。ちなみに銀一も一人暮らしをしていて家は近いらしく、秋月の家に来る時は基本的には徒歩のようだ。免許は持っていても車を所持していないのは、市内あるあるだろうか。

 目的の店は居酒屋なので大通り沿いに出ることになる。夜の活気に溢れる大通りに出たその時、秋月の名前を呼ぶ――最も聞きたくない声が響いた。

「よー秋月っ!」

 自信に溢れた軽薄そうな声音。元彼氏の陽がそこにいた。

 彼もどうやらデート――おそらく同時並行なりしていたのだろう。いやにベタベタとした様子の女を連れていた。化粧をしっかりしている彼女の顔は、秋月とは正反対の眩しさで。

「っ……」

 口ごもって目を足元に落としてしまった秋月の手が、ぎゅっと強く握られる。不安すらも包み込んでくれる銀一の優しさに思わず目を向けると、彼はふっと秋月に微笑んでから、鋭い目つきで正面の陽に向き直った。

「俺の女のこと、気安く呼ばんといてくれんか?」

「あー? なんやねんお前。もしかして、この根暗の新しい男? うっは、ウケる! お前、今度はこんな男に遊ばれてんの? 絶対お前の金か身体目的やん? いくら俺に振られたからって、少しは相手選ばなあかんでー?」

 ヘラヘラと減らず口――今程この言葉が似合う男はいないだろう――を叩く陽に対して、銀一はいつもの通り、冷静に淡々と気持ちを……静かな怒りを言葉に滲ませる。

「ちゃんと秋月は選んだ。だから俺と付き合ってる。お前みたいな男にはわからんやろな。戯言はええから、さっさと消えてくれんか?」

「なんやとお前!? 何様のつもりやねん!? 黙って聞いてたら偉そうに!!」

 付き合っていた当初からそうだったように、激昂しやすい性格の陽は怒りに任せて銀一に掴みかかろうとして――意外なことに連れの派手な女性にその腕を掴まれてしまった。

「陽ちゃん! ちょっと、もうエエから……やめとこや。さっさと行こ。今はもう、関係ない相手なんやろ?」

「あ!? なんやねんお前。さっきまで『遊ばれて可哀想な子ー』とか言って笑ってたくせに。お前が『不細工女見たい』言うから俺がわざわざ声掛けたんやぞ?」

「も、もう! エエから!」

 付き合う相手は自分の鏡とでも言うのだろうか。まさに『お似合い』な性格をしているカップル二人のやり取りには、怒りを通り越して呆れしか浮かばない。そんな秋月の態度なんて目もくれず、何故か女の方はこの場を去ろうと焦っているように見えた。

「……お前、何そんなに焦っとんねん? ……この男、知り合いなんか?」

 感情の起伏が激しく攻撃的な性格をしている陽だが、彼の仕事での営業能力は本物で、それを支える才能のひとつに『鋭い洞察力』がある。言葉を武器として扱う彼は、自らの身を守る為にその『目』を常に光らせている。

「……」

 女の顔がさっと青ざめたことにより、その疑念は確信に変わる。確信を得た陽と秋月だが、しかしその瞳に見せる色合いは別物だった。

 色欲の絡む修羅場を想像した陽とは異なり、秋月は信頼する銀一がそんな爛れた関係を彼女と結ぶとは到底有り得ないと理解していた。だから……銀一の言葉を、静かに待つ。

「……また補導されたくなかったらさっさと家帰れ。お前、未成年やろ。また歳誤魔化して男たぶらかしてるんか」

「えっ!? 補導!?」

「未成年っ!? つーか……ポリかよ!」

「も、もうエエやろ? さっさと行こ!」

 付き合っている相手が未成年だと告げられて呆然としている陽の腕を強引に引っ張っていく女。裏路地にその姿が消える間際に我に返ったように叫ばれた「お前ら陰キャ同士お似合いやわ!」という言葉は、負け犬の遠吠えだと受け取ることにした。

 完全に二人の姿が消えるまでその目を離さなかった銀一が、ふぅっと溜め息をついてから秋月に向き直る。

「……あー、その……『仕事』のこと不安にさせてたのはわかってたんやわ……画家なんて誤魔化して、悪いな」

「びっくりはしたけど……警察官、なん?」

「ああ……絵は趣味で、オーナー<飼い主>の店に置いてもらってるだけ。副業禁止やしな。それなりに危険な仕事やから、なかなか……言い出せんかった」

「そんなん……立派な仕事やのに……」

「……秋月ならそう言ってくれるって……心ではわかってたんやけどな」

 照れくさそうにそう笑って、銀一は「お前の笑顔に甘えてまいそうやから」と続けた。

「銀一やったら、ええもん! どーんと、甘えて」

 大通りだから控えめに、しかしきちんと気持ちを伝えた。これからの“将来”を考えているのは、銀一だけじゃないってことを伝えたい一心だった。

――陰キャだろうがなんだろうが、私らは『お似合い』なんやもん!

 ネガティブな言葉をポジティブに捉えて。暗い暗いと言われるならば、その闇の中で淡く光る月のように――名前の通り、あの美しい蒼白で彼を照らしてやれば良い。

 決意を胸にその想いを繋がれたままの手に伝える。

「やっぱり……俺には輝いて見えるわ」

 夜空に浮かぶ月よりは近く、それでいて何よりも秋月を明るく照らしてくれる笑顔が落とされる。頭をその大きな手で撫でられて、少しだけ――照れくさそうな様子で銀一は言った。

「……まだ七時やろ? ちょっと予定変更してええ? 晩飯の前に寄りたいとこ出来た」

「え? どこ行くん?」

「……指輪、見に行かん?」

 繋いだ手の薬指に指を絡めて「お前の輝きには何贈っても勝てへんけど、な。一応……俺は結婚前提って……思ってるから……」

「そんなん……私も、思ってる!」

 喜びのあまり自分にしては珍しいくらいの声量が出て、それに二人して笑い合った。低い彼の声に乗せられるようにして高鳴る胸には、うじうじした感情は消え失せていて、これからの未来に対する明るい希望ばかりが芽生えていた。

 銀の光に照らされて、月は更に美しく輝けば良い。輝きの強さが優劣となるのならば、『月』に魅せられる者達なんて、きっとこの世にいやしないのだ。

 太陽のように万人に向けて輝くことなんて、秋月には必要ないことだと思えた。真に愛する者達だけに向けて、その銀の光を映せば良いのだから。


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