始祖よ、眠れ
黒い髪は誰よりも目立ち、使い古された法衣を身に纏った姿は、すべての者達に安心を与える。
「まさか抜け出すとはな。だがちょうどいい。人手がほしかったところだ。この機会だ。見せてやるといい、なぜ其方が黒獅子と呼ばれるかをな」
まだ回復しきっていないヒューゴは、手に持っているサックを投げた。
受け取ったサックを手にはめて、さらには鉄球が急に手元に現れた。
「セラフィン大司教、全てが嘘だらけの貴方だったが、一つだけ正しいことを言った。私もその子の慈しむ心に惹かれたのだ」
鉄球はどんどん巨大化していき、まるで一つの家くらいの大きさになっていく。
さらには鎖もどんどん長くなっていく。
「全員緊急待避! これより一帯、黒獅子の射程範囲に入る! 王国の騎士達よ! 其方達も引け!」
ヒューゴはその言葉通りに我先にと後方へと下がる。それを見た神官とただならぬことを感じた騎士達も一斉に後退していく。
「未来ではたしかに其方のせいで、少しだけ道を踏み外したかもしれない。だがそれでも彼女は償っていた。人々を助けるため、二度とあの未来にたどり着かせないために、危険を冒し続けたのだ。穢れきった其方が触れていい存在ではない!」
クリストフは何トンもありそうな鉄球を振り回し始めた。遠心力でどんどん速度を上げていく。
「ソフィー、地上は任せろ。其方の不安は俺が全て取り除いてやる!」
彼はまだボロボロのはず。牢屋から抜け出せばどうなるか分かっていたはずなのに、それでも迷わず私を助けるために来てくれた。
来て欲しくなかったのに……。
会いたくなかったのに……。
でも彼が居て欲しかった……。
「クリス……」
彼がいるのなら私は何も心配はいらない。
「馬鹿が。数千の魔物を相手にどうやって戦うつもりだ! たとえ、貴様といえどこの数を相手にどうすることもできないだろう!」
たしかに人の力では限界がある。
だがガハリエは見えていなかったのだ。
その後方に祈る本物の聖女が。
「天上にお住まいの神々達よ。どうか困難に立ち向かう戦士に、剣神の加護を与えたまえ」
聖女セリーヌが祈ると、まるで本物に神の加護かのようにクリストフの体が淡く光る。
それに比例してさらに鉄球は大きくなり続けた。
振り回される鉄球は速すぎて目で追えなくなってきた。
「うおおおおおおお!」
放たれた鉄球は魔物達をどんどん吹き飛ばしていく。どんどん距離を伸ばしながら、魔物達はなぎ倒される。
まるで鬼神のごとき強さに、あのガハリエすら口を大きくて開けて唖然としていた。
「これで終わりよ、ガハリエ。貴方に勝ち目はない。私との戦いもこれで終わりにする」
「ぐっ!」
手を前にかざして標準を定める。これで本当に終わるのだ。
「まだだ……まだ私の負けではない!」
「往生際が悪いわよ。貴方はもう負けたのよ!」
「貴様らに滅せられるくらいなら、もう全てを捨てた方がマシだ!」
何かをするつもりだ。私はすぐさま魔法を放ったが、ガハリエの体が光り輝き、その眩しさでどうなったのか見えなかった。
「何が……起きたの……」
ガハリエの姿が消えた。もしかすると瞬間移動で遠くに逃げてしまったのか焦りが出た。
だけどどこを見渡してもいない。
それどころか先ほどまでいた魔物達が全て消えていた。
異様な光景だ。まるで何もなかったかのようにシズかだ。
「ソフィー、上だ!」
クリストフの声で上を見上げた。
「なっ!? なんなのこれ?」
黒くて人形のようなものが宙に浮いていた。まるで神の像のように整った姿だが、黒く穢れた姿は、私の本能が逃げろと警告するようだった。
体の一部から煙を上げており、あれはもしかすると私が当てた魔法なのかもしれないと気付く。
そうなるとこれは……。
「もしかして……ガハリエなの?」
「キィィィッィ!」
答えはない。だがこんな異様な存在が二つといていいわけが無い。その代わりに甲高い気味の悪い声が響くと同時に、衝撃だけで私の体が吹き飛ばされた。
「きゃあ!」
空から放り投げられ、見えない足場が無い場所に出たせいで、私は重力に従って落ちていく。
「ソフィー!」
だがそれよりも速くクリストフが騎竜に乗って助けてくれた。
「ありがとう……」
「気にするでない。本当に無事でよかった」
「うん……クリスも……」
少ししか離れていなかったのに、こうやって近くに居てくれると急に実感する。
だけど今はこの余韻を楽しむ時間はなかった。
「光る瞬間、魔物達がガハリエに吸い込まれていった。おそらくはその全てを取り込んで、強大な力を得たのであろう。何もかも破壊するつもりだ」
「そんなことさせない!」
的が大きくなった分、当てやすい。私は全集中を込めて魔法を放った。
大きな火柱がガハリエを包み込み、そして爆発した。
「うっ……」
「大丈夫か!?」
力を解き放ったことで意識が一瞬吹き飛んだ。
全てを破壊したい欲求が押し寄せてくるが、舌を噛んで意識を保つ。
煙が舞って見えないが、これで全てが終わったはず。
「キィイイイイ!」
声と供に砂塵が吹き飛んだ。ダメージは食らっているがそれでも一部が吹き飛んだだけだった。
ガハリエの周りに魔方陣が浮かび上がると、特大の火の玉がまるで隕石のように降り注いできた。
「揺れるぞ!」
彼に前からしがみつくと、竜が隕石を避けるために飛翔する。
いくら待っても攻撃が止まる気配がない。後方に下がっている者達だけでは無く、近隣にも降り注いでいく。
そしてガハリエがどこかへ動き出そうとしていた。
「この方角は王都か……自我がなくともどこを破壊しようと分かっているのか。ソフィー、しばらく一人で掴まっていてくれ!」
「待って!」
クリストフは制止を聞かずに飛び上がり、ガハリエの体をかけあがっていく。
すると目と思われるところから光線が彼目がけて放たれる。
だが持ち前の身体能力で躱していた。
「うおおおおお!」
手に持つ巨大な鉄球を難なく振り回して、ガハリエの巨大な顔に振り落とした。
「やったか?」
顔を潰した。顔を無くした生物が生きているわけがない。
だがその顔は瞬時に回復した。
「キイイイイイ!」
全身を爆発させ、自分ごとクリストフを巻き込むつもりだ。
ギリギリのところで彼は私の元まで無事に帰ってきた。
「やはり駄目か……」
「たぶん私が当てた部分は回復していないから、私の力じゃないと完全に消し去れないと思う。それなら限界まで……うぷっ……」
急に何か込み上がってきたと思い吐き出すと、それは大量の血だった。
「ソフィー! どうしたんだ!」
さっき自分のキャパシティを超える力を使った代償だ。頭がガンガンと痛みだし、鼻や口から血が止まらない。
だが次第に収まりだした。
「神聖術だ。刻印を見せてみろ」
胸の下にある刻印を見ると、もう少しで六芒星になろうとしていた。
六芒星になれば私は破壊の衝動に飲まれて全てを焼き尽くす災害になる。
年齢と供にこの六芒星は完成していくものだ。
本来ならこの時期ならまだ六芒星にならないはずなのに、過剰な力を使ったせいで早まったのだ。
「これ以上力を使うな! たとえあいつを倒したとしても君が君じゃ無くなる。それだけはあってはならない。もう十分やった……あとは――」
彼の言葉を指で塞いだ。彼が言わんとせんことはわかる。私がここでやめないことをわかっているから、彼は泣きそうな顔をしているのだ。
「あと少しなんだよ……これで私みたいな人がみんないなくなる。……クリスと一緒になって短いけど凄く充実した毎日だった。未来では恐ろしい人だと思っていたのに、実際はすごく不器用で優しい人……私ね、幸せだったよ」
彼は抱きしめてくれた。力強く。暖かく。
「ソフィーの負担が俺が必ず抑えてみせる……信じろ」
「うん……信じてる」
彼は意識が飛ばないように神聖術を掛けてくれる。だから私は気兼ねなく、自分に残る最後の力を振り絞る。
無意識に魔女になるのを恐れて、セーブしていた力が少しずつ解放されていく。
だがこれでは足りない。もっと奥底にある力を引き出さないと、あの男は消し去れない。
「ぐっ……ごほごほ」
クリスも私と同じく体中から吐血する。私の力に引っ張られて神聖術が彼の力量を大きく上回ったのだ。このままだと彼の体力が尽きる。
「やめるな! 言ったはずだ! 俺が君を守る!」
だがこのままでは本当に彼の体が発動までもたない。魔力をもっと高めようにもこれではお互いに保たない。
だがその時、急に光が私達を包み込んだ。
「体が楽に……どうやらセリーヌ様の御力のようだな」
「えっ……」
後ろを振り返ると、セリーヌからこちらへ光が送られてくる。
まさか彼女もクリストフと一緒に来たのだろうか。
だけどおかげで助かった。勝機がやってきた。
彼女の代わりに必死にヒューゴが声を張り上げていた。
「体力がある者達は祈れ! セリーヌ様にその力を分けろ! 前で戦っている者へお前達の生命力を渡す! 祈れ!」
一人、また一人と神官達が祈る。祈る者達から光がセリーヌに移り、そして私達へ神聖術となって送られる。
「ソフィーに、我が娘に届け!」
「ソフィア様とクリストフ様へ祈りを捧げろ!」
お父様とレオナルド、そして私の領地の騎士達が一斉に祈りを捧げる。
それはどんどん周りへと広がっていく。
「私達の領地を守るためにソフィアさんが頑張っているのよ! みんな祈りなさい!」
「仰せのままに!」
友達のブリジットも祈りを捧げてくれる。
過剰なほどの神聖なる力が、クリストフを通して私の破壊の衝動を抑えてくれた。
「いけるか?」
「うん……絶対に」
荒れ狂うほど空が乱れている。空はいまだに隕石が降り注ぎ、ガハリエは奇声をあげながら前に進み続ける。
だがそれも全て終わりだ。
私の中にある魔力が最大限まで溜まり、それを解き放った。
「さよなら、ガハリエ……」
「キィエエエ……ェ」
ガハリエを中心に光が全てを消していく。
体が光に飲まれて、ガハリエの体は崩れていく。
最後まで正気は戻ること無く、彼の体は完全に塵へと還っていったのだった。
そして私の中にある魔女の力が薄れていくのを感じた。




