魔女とハロウィン
ソフィアとリオネスが塔に上ってから1時間ほど経った頃、侍従のリタは焦っていた。
太陽の位置を確認するしかやることもないため、時間を意識するせいで余計に苛立つ。
「遅い……ここは命令を破ってでも見に行くべきでしょうか……でも今回はいつもよりも覚悟を決めた顔をされていましたし……」
少し前まではわがままな一面があったのにそれが控え、大人の女性になっていた。
その理由は彼女の力で未来から戻ってきたため、精神年齢が成長したからだ。
元々は心の優しい子だったが、やはり王太子の婚約者争いで少しずつ荒々しくなってしまった。
ただ婚約者に決まって喜んでいたあの方の笑顔を見たら、つかの間とはいえ喜んでいいだろうと思った。
ただ誤算は、王太子殿下がお嬢様が魔女であることを知らず、また周りも二人が結婚すれば魔女では無くなるという嘘を信じていたことだ。
そのせいか王太子殿下は自分の血だけを求めて結婚しようとしたお嬢様に裏切られた気持ちになったのだろう。
手を結んで神様へ祈る。
「どうか何事もありませんように」
するとちょうど階段を下りる足音が聞こえた。
ようやくお話し合いは終わったのだ。
さっと何事も無かったかのように姿勢を正して待つ。すると下りてきたのはお嬢様だけだった。
少しだけ服装が乱れており、サーッと血の気が引いた気がした。
「お嬢様!」
一目散に駆け寄り、彼女の体に問題が無いかとチェックしようとしたが止められた。
よくよく見ると涙の跡もある。
「大丈夫よ。ちょっと押し倒されそうになったけど、何もされていませんわ」
クラッとしそうになった。やはり付いていくべきだったか。
「ねえ、リタ。お願いがありますの」
少し甘えるような声を出したため、無意識に警戒してしまった。
こういうときはかなり面倒なことを頼まれるからだ。彼女は躊躇いながらも、尋ねてくる。
「里帰りしてくださいませんか?」
やはりこの直感は当たっているようだ。
~~☆☆~~
少しだけ大聖堂に寄ってから、そのまま屋敷へ戻った。
色々とやることを増え、自室にこもって資料を探す。
「うーん……分からないよ……」
魔女の秘薬のレシピは手に入れた。それを改良しないといけないので、ある人に協力を依頼した。
解析をお願いしたので、その間に必要な素材の調合は私が受け持ち、時間を短縮させないといけない。
内容も内容なのであまりおおっぴらに出来ず、自分でするしかないのだ。
「でも薬の調合は組織に居た時代にある程度自前でやってたから出来なくもないんだよね……」
悪い薬を調合させられたりしたが、まさかその経験が活きるとは、人生に無駄とはないものだ。
だけどずっと部屋にこもって調合すると、体が凝ってきたりして、ジッとしてられなくなる。
すると休暇を取ったリタの変わりのメイドが部屋へ来た。
「お嬢様、お客様が来られておりますが、平民のようでしてたので、追い返しましょうか?」
誰が来たのだろう。わざわざ私に用事で来るくらいなので、もしかすると知り合いかもしれない。
「名前は名乗っていましたか?」
「どこかの旅芸人のようでして、またこちらに来たのでお嬢様にご挨拶をしたいと言っておりました」
旅芸人と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、クリストフと供に劇に参加した時のことだ。
急遽けが人が出て代理で参加したのだ。
私の大根役者も今では良い思い出だ。
知らぬ仲でもないので、挨拶くらいなら全然構わない。
「面識のある方々ですので、客間へお呼びください。わたくしも着替えてからいきますね。待たせてしまうので、丁重にもてなしてあげてください」
「かしこまりました」
調合を途中で切り上げ、作業服を脱いで、動きやすいドレス型のワンピースに着替える。
少し足早に客間へ向かう。
――もしかしてお土産かな……。ワクワク。
各地を旅しているのなら珍しいお菓子とか知っているかもしれない。
部屋に入ると、団長と小さな少年のギルがいた。
「ソフィア様、お久しぶり!」
「こらっ、ギル! そんな言葉遣いは失礼だろ!」
「いってぇ! う……ソフィア様、お久しぶりです……」
団長の拳がギルの頭に落ちて、頭を擦りながらまた挨拶をし直す。
思わず笑いが込み上げそうになった。
「変わりませんね。少し見ないうちに背が伸びたのではありませんか?」
「体ばかり大きくなりますが、ご覧の通りです。ただ最近は脇役ですが出演もして、成長したかもしれませんね」
「まあ! すごいではありませんか!」
褒めるとギルは嬉しそうに指で鼻を擦っていた。大根役者の私の演技よりは何倍も良いに決まっている。
「その道中に面白いモノがあったので、お土産でお持ちしました」
団長が机に広げたのは、カボチャの中身をくり抜いた皮だった。
「これはなんでしょうか?」
ただのゴミのようにも見えるが、一部くり抜いたところが顔のように見える。
するとギルがそれを手に取って、顔に付けた。
すると少し恐いお面のようになった。
「へへ、お菓子くれないといたずらするぞ!」
顔は少し恐いのに言うことは可愛らしい。
「西の国の村で流行っていたハロウィンの祭りでは、このように悪者に化けて一日を過ごすのですよ」
「へえ。何か魔除けがありそうですね。私達に近づくな!みたいな感じでしょうか?」
「そうなんですよ。悪魔や魔女が作物を荒らさないようにするためだそうです」
魔女の私は追い出される側のようだ。
だけどそこで閃いた。
……いっそのこと、こういう祭りを導入して、魔女への忌避感を減らすのはどうでしょう?
魔女って良くも悪くも馴染みが薄く、昔の魔女狩りのせいで危ないという悪い印象しか無い。
だけど祭りで魔女をもっと身近に感じてもらえたら、いずれはもっと受け入れられるかもしれない。
「それもいいわね。そうよ、別に魔女が悪者である必要はありませんものね。だって私達は被害者なんですもの!」
「ソフィア様?」
夢中でぶつぶつと唱えていたら、団長とギルが心配そうな顔をする。
その時、劇団の人たちにも協力をお願いできるかもしれない。
「団長さん、もしよろしければハロウィンの劇のシナリオを作ってくれませんか? もちろん援助としてお金の寄付もいたします」
「本当ですか! 貧乏劇団のうちは常にお金に困っているので是非ともやらせていただきたいです!」
団長も快く返事をしてくださった。
これから団員達と相談して、内容も私に見せて、問題がなければ練習を始めるとのこと。
すぐさま準備するとギルと供に帰って行った。
そしてその後に数日が経ち、特急でシナリオも完成して、初めての公演日も決まった。グロールング家が全面的にサポートして、ハロウィンのイベントを行うことになった。
近くの町では、賑やかにも人々が祭りで騒いでいた。クリストフも魔物調査も一段落して、いったんこちらに帰ってきたが、正教会も祭りのサポートをしてくれるため、疲れを見せずに真っ先に働いていた。
仮装をした子供達がきゃあきゃあと騒ぎながら、クリストフの元へ走って行く。
「お菓子くれないとイタズラするぞ!」
「するぞ!」
合い言葉のようにこれを言うだけで、正教会の人たちが飴を配ってくれるのだ。
クリストフは偉い人なのに、嫌な顔せずに前に出て配っているのだ。
「悪いことをせずに良い子にするのだぞ」
クリストフは一つ一つ手渡ししていく。子供達は売れそうに飴玉を受け取って、また別の場所へと走って行くのだ。
わたしもせっかく魔女の仮装をしているので、クリストフの元へ行った。
「お、お菓子をいただけませんと、い、イタズラをしますよ!」
クリストフは何も言わずにただ目を瞬いていた。
子供が言っていたら微笑ましいのに、大人の自分が言うとすごく恥ずかしい。
「じょ、冗談ですよ」
誤魔化すように背を向けると、後ろから手を繋がれる。
「最近はお出かけもできなかったら、一緒に回ろう」
「いいのですか? お仕事中でしょ?」
「アベルに任せたから大丈夫だ」
後ろを振り向くと、いつの間にかアベルが代わりに飴を配っていた。
気を遣ってくれたようだ。
彼が引っ張っていくので付いていくと、少し意地悪な顔を向けてきた。
「それにどんなイタズラをしてくれるのか楽しみでな」
「もう!」
頬を膨らませて怒りを表現し、そしてお互いに笑いあってから露店を回る。
いたるところに仮装用の衣服が出ており、不作でも色々な人たちが楽しめるため、不満が溜まっている領民たちにとっても良い祭りだと思う。
黒いワンピース姿の魔女の恰好をした女性も多くおり、事前に正教会にも申請は出しているので、大目に見てもらえる。
ネガティブ撲滅キャンペーンになればいいな。
「よくぞこのような方法を思いついたものだ」
「へへっ、すごいでしょ。といってもまだ自分の領地でしかやっていないから、大した効果も無いかもしれませんけどね」
だけどお茶会をする中で、宣伝もしたり、商人を通して噂を広めてもらっているので、ちょっとは流行るのを期待していた。
すると商人達の声が聞こえてくる。
「このハロウィンの祭りを他領に教えて、一山儲からんかな」
ちょうどタイミング良くその話題をしている商人達がいた。クリストフとお喋りをしながら、聞き耳を立ててみた。
「今年は無理だろうな」
「どうしてだ?」
「不作過ぎてそれどころじゃないからだ。この領地は前から対策していたから、蓄えがあるだろうが、他はそういうわけではない。物価も上がっているしな」
やっぱりそこが障害になるのか。だけどこればかりはどうしようもない。
安くしてしまっては転売されるリスクもあるため、輸出はあまりできないのだ。
「それにな、他は必死でどう生き残るか考えている時に、余所で楽しく祭りをしているなんて知られたら何されるか分かったもんじゃねえ」
商人達は休憩は終わりとどこかへ歩いて行く。
やはりなかなか思い通りにいかないのが現実だ。
ただそこで一つだけ閃いた。
「そうよ。売るから問題なのよ」
「ソフィー、考えるのは素晴らしいが、其方は突っ走る傾向がある。まずは俺に相談しなさい」
クリストフから動き出す前に先手を取られた。
せっかくなので話をしてみると、彼も悩みながらも、私の考えを支持してくれた。
「なるほど。つまりこう言いたいのだな。前に備蓄した食料を無料で他領に配る、と?」
「うん……駄目かな?」
これから飢饉が来るのに、自分の首を絞める行為に彼はどう思っているだろうか。
彼は一度考え込むだけで特に反対しなかった。
「いいのではないか」
「本当ですか!」
「元々、領民には干ばつに強い作物を作らせている。今年はそれで乗り切れるだろう。我々で蓄えたものは提供してもいい。だが無償か……お金は取らなくていいのか?」
「わたくしもそれを考えたのですが、転売を考えられると困りますので、直接必要な村に卸すようにしたいと思います。今は助け合いが必要な時に、お金が絡むと悪いことが起きる気がします」
領主に話をしていれば、不正に目を光らせてくれるだろう。
だけど輸送費も馬鹿にならないため、こればかりは領主達に負担をしてもらおうかと思う。
「それはなんと健気な大変素晴らしい取り組みですね」
突然現れたヒューゴは、なんとも似合わない笑顔を作って歩いてくる。
とっさにクリストフが私を隠すように前に出た。
「盗み聞きとは趣味が悪いですね、ヒューゴ司祭」
それにヒューゴは肩を竦めてみせた。
「たまたまですよ。そう邪険にしないでください。せっかくなら私達、正教会がその物資の運び出しをしましょう。隣国の危機に我々も心を痛めているのですから」
私へ確認の目線を向ける。正教会が手伝ってくれるならそれはありがたい。
「クリス、受けてもいいかしら?
「特に断る理由はない。好きにしていい」
クリストフからの許可も下りたので、今日はとりあえず、祭りを楽しむのだった。
正教会へ正式な依頼をかけ、他国の力を借りるため王家も入って、他領への通達もスムーズに進んだ。
すると王家から、来賓を招いて、今回の行いに対して表彰を行いたいと通達がやってきたのだった。




