始祖の策略
突然の爆発とタイミング同じく魔物や動物たちが山から下りてくる。
クリストフ達が心配だがこちらもどうにかしないと全滅もあり得る。
お父様は慌てることなく指示を飛ばす。
「怯むな! しょせんは獣の群れ! 全員、ベアグルントの名を示せ!」
「おおおお!」
騎士達もお父様に応えるように次々に抜刀した。
不測の事態であっても狼狽えることない様子に安心すら覚える。
普段の子煩悩な父とは違うシャキッとした顔に、まだまだ知らないことが多いと実感した。
「ソフィア様、レオナルド隊が護衛をします! 一度撤退を進言いたします!」
諸事情で頭を丸めた若き天才レオナルドが私の前に出る。
前のようないやらしさが無くなり、私直属の部隊で護衛を任せられるようになっていた。
おそらくはクリストフから、もしもの時は私を逃がせと言われているのだろうか。
だが、今回は逃げるつもりはない。
「いいえ! ここで退けば来た近隣に被害が出てしまいます! わたくしも偉大な祖先ベアグルントの血を受け継ぐ者! わたくしと供に前へ出なさい!」
抜刀すると、レオナルドは諦めたように嘆息した。
「御意! このレオナルドもお供いたします!」
他の騎士達も覚悟を決めた。爆発も気になるが、こちらを片付けなければ始まらない。
迫り来る多種多様な動物達が雄叫びを上げる。まるで心臓をわしづかみされているような恐い感覚が襲ってきた。
大気が震え、山を下りてくる音が遠く離れたこちらまで聞こえてきた。
もうまもなくこちらとぶつかるのだ。
「突撃!」
お父様は先頭に馬を駈けていく。騎士達もそれに続く。
私も遅れまいと並走する形で、自分の隊と供に行く。狼に似た二首の魔物がよだれを垂らしながら迫ってくる。
「はあああ!」
気合いと供に剣を振る。相手の首をまとめて切り裂き絶命した。
だが一匹だけでは終わらない。他にも多種多様な魔物をばったばったと倒していく。
それでもまだ数百の魔物が押し寄せてきている。
「があっ!」
腕が少しずつ疲れてくる。そんな油断から直前まで迫っている事に気付かなかった。
「しまっ……」
先ほど剣を振った腕が戻らない。ダメージは避けられないと身構えた。
「ソフィア様!」
迫る魔物が一刀両断された。助けてくれたのはレオナルドだ。
間一髪で助かったが、まだ気を抜けない。
「ありがとう存じます」
「ご無事でよかった。ですが先行しすぎです! 隊とかなり離れてしまっております」
レオナルドが後ろを振り返ると、つられて私もそちらを見た。
たしかに私だけ前の方にいる。どうにかしないといけない気持ちが昂ぶってしまったせいで周りが見えていなかった。
「申し訳ございません。戻りましょう」
体力が多くはない私では途中で力尽きてしまうだろう。仲間の元まで行こうとしたとき、黒い霧が横を通り過ぎた。
煙とは違うそれは、私が進む先のお父様達の方へと流れていく。
ぞくっと背中が震えた。
「いや……」
黒い霧に制止の言葉は届かない。鼓動が早くなる。それが何を意味するのか理解した。
「逃げて! お父様!」
腹の底から声を出したが誰も気付いていない。周りの戦う音でかき消されているのだ。
「ソフィア様、一体どうなされたのですか?」
レオナルドに返事をしている場合では無い。馬の手綱を引いた。
クリストフのおかげで魔女の刻印は抑えられており、動物に嫌われるのもいくらかマシになっている。
しかし急に馬が止まった。何かを感じて本能が止めているのだ。
「動いて! 間に合わない!」
黒い霧はもうお父様の場所へと到達した。
バオオォンッ!
大きな爆発がお父様を襲う。まるで神のごとき力に人が耐えられるはずもなく、視界が遮られるほどの爆発だ。
急に周りがスローに見え始めたのは、おそらく私の集中力が極限まで高まっているからだろう。
死が目前に迫っているのだ。
見える範囲でどんどん人が溶解していく。
悲鳴すら起きず一瞬で燃え尽くされている。
「うぐっ! あづ――!」
その余波はすさまじく熱気が全身を焼いてしまうようだった。
強い熱風で私も馬ごと吹き飛ばされた。
「ソフィア様!」
レオナルドも吹き飛びながらも私を抱えて守ってくれる。
しばらく上下感覚も分からなくなるほどの浮遊し、ドシンッ!と強く体を打ち付けた。
レオナルドの手を離れて私も地面に何度もぶつかる。痛みにしばらく耐え、顔を上げた。じんわりと額から血が滲んでくる感触があったが我慢した。
すると衝撃的な光景に目を疑った。
「あっ……」
黒煙が立ち上り、人の悲鳴のようなうめき声が充満している。
あの爆発ですら死ねずに生き残ったのだ。
私も火傷や打ち傷はあるが、全くマシに思える。
「ひどい……」
人も魔物も全てが巻き込まれてしまいひどい有様だ
まるで地獄絵図のような状況に、為す術もない状態だ。
やったのは誰かは間違えようもない。
あれではお父様は……。
「ソ……フィア……様」
かすれた声が聞こえた。私を庇ってくれたレオナルドも痛みに耐えながら立ち上がろうとした。
「があっ!」
だがレオナルドが立ち上がるのを阻止するように、背中を足で踏みつけられた。
「あれでも生きているとはとんだ強運だね、ソフィア」
鎧をまとったリオネスが薄い笑いを浮かべていた。
そして踏んでいるレオナルドを見て、持っている剣で背中を突き刺した。
「レオナルド! やめてっ!」
「無駄だ。もう死んでいる。どうせこの傷ではまともに戦えなかったさ。邪魔者を君の代わりに切り捨てた僕に感謝してほしいくらいだ」
怒りで頭が真っ白になった。その怒りは目の前の元婚約者へと向けた。
胸の魔女の刻印がじんじんとしてくる感覚があった。この男はもう許せない。




