領地会議
重たい足をどうにか前に進めながら、彼女の名前を必死に叫んだ。
銅像のように突っ立っている人たちをかき分けて、奥の断頭台へと走った。
空がどんよりと世界を暗くする。法衣を着た者達が断頭台で立っている。
一人の女性を囲むように。
俺の妻であるソフィーが断頭台の前で、貧相な服で顔を伏せている。
全てを諦めたように生気がない。
声を出そうにも、まるで世界から声が消えたかのように声が全く出せないのだ。
彼女はゆっくりと足を進めて自分から首を捧げる。
そして法衣を着た男が、粛々とギロチンの刃を――。
「ソフィー!」
叫んでからすぐにここがベッドだと気付いた。
汗だくになってしまい、久々に息が乱れている。
寝ぼけることはないので、すぐに先ほどのが夢だとわかりホッとした。
「ん……」
声が聞こえて横を見ると、ソフィーが気持ちよさそうに寝ていた。
悪夢のせいで声が出てしまったため、起こしてしまったかと思った。
だが彼女は起きなかった。
魔女はある一定の年齢を越えると魔女の破壊衝動に飲まれてしまう。
彼女はまだ魔女の力が残っており、いつ破壊衝動に飲まれるか分からない。
俺が側にいればその力を押さえ込めるが、やはり魔女の始祖であるガハリエを倒さねば、その因果から脱出したとはいえないだろう。
さっきの悪夢は彼女が魔女だとバレた場合に起きる最悪の状況だ。
そんなことは絶対にさせない。
彼女の頬に軽くキスだけして、俺はベッドから起き上がる。
まだ外は暗いが、ガハリエとの決戦も近いため休んではいられない。
今以上に鍛えて、必ず彼女を救ってみせる。
~~☆☆~~
暑い季節から涼しい季節に変わり、過ごしやすくなってきた。
もうすぐ社交の時期ではあるが、今年だけはそれを自粛する流れとなった。
理由はやはりどこの地域でも不作が続いてしまったことだ。
私達の領地は対策を行っていたため余裕があるが、他の領地で甘く見ていたところは大きな打撃を受けていた。
対策を行うため、領地会議が緊急で決まり、私はお父様と一緒に出席する。
国王陛下が各領地に協力を申し出る。
「みなも凶作によって苦しいとは思う。だがこういうときこそ、国で一丸になって乗り越えたいと思う」
しかし現実問題、どこも余裕が無い。私の領地も他領より余裕があるだけで、決して安心できるほどではないのだ。
そうなるとどこの領地も厳しかろう。
するとリオネス王太子殿下が挙手をして発言を求めた。
「陛下、発言をお許しください」
「許す。申してみろ」
リオネスが何を発言するつもりか、一瞬こちらを見たことで察せられた。
「各地で凶作が来て大変な最中であります。ですがグロールング領だけほぼ無傷というのがあまりにも不可解です。グロールング公爵、もしや悪魔か何かと取引をして、こうなることを知っていたのではありませんか?」
今度は別の角度からいちゃもんを付けてきた。
国王陛下もそれに対しては叱咤する。
「口を慎まぬか! 今は協力しなければならないときに協調を乱すな!」
「陛下、これは何も憶測で言っているのではありません。これをご覧ください」
リオネスは何枚かの紙を国王陛下へ渡した。
「これはなんだ?」
「グロールング領の税の情報です。それを辿ると不可解な事がありました。急にこの領地だけ他領から保存の利く食料を買い集め、さらに新種の野菜の種を取り入れてます。予期していなければここまで都合良く準備できるでしょうか!」
会議に集まっている領主達がざわつく。まさかわざわざそんなことを調べられると思っていなかった。良くない流れに嫌な予感がする。
だがお父様も反論する。
「それは単純にクリストフ君が我が家に婿養子として来たからに過ぎない。彼の国でも同じように凶作への備えをしていたと聞いて、私も取り入れようとしただけです」
「それにしては動きが早すぎる。それにそういったことをするのなら、まず国のために情報の共有を行うべきではありませんか? 自領だけ良いという考えは、剣の称号を持つに相応しくない」
お父様とリオネスはそれから何度も口論を広げる。
そして最後にまたリオネスは私への悪意をさらけだした。
「そういえば魔女の伝承で一つだけ面白い話がありましてね。未来を見通す力を持った魔女がいたと。そしてその力を私利私欲に使い、国をおかしくしたとね。クリストフ猊下もその力でたぶらかしたのでしょ? それに私と婚約破棄をしてから人が変わったようですし。領民からもそういった声が聞いてます」
「わたくしの潔白はもうすでに聖女様によって明らかになりました。彼の国の聖女様の御言葉を批判するような言動は控えるべきだと思います」
挑発に乗ってはいけない。だけどやはり私が急に人が変わったように感じる人は一定数いる。
それに税の証拠まで出されたら、せっかく消えかかった噂が再熱してもおかしくない。
「リオネスよ、それまでにしろ。話が進まない」
ようやく元の話に戻ったが、嫌な気持ちが残ったままだ。
家に帰りながらお父様にもなぐさめられる。
「心配するな。お前は私がこの命に代えても守る」
「お父様……」
お父様の功績はこの国でも随一なので、いくら王族でも蔑ろにはできない。
だけどリオネスは何かをしようとする怖さがあった。家に戻ると少しばかり緊張した雰囲気を感じ取った。
「いつもなら誰かしら騎士の子達が通るのに、どこにもいませんわね」
訓練を頑張っているのだろうか。他にも家の使用人達も外で作業している者がどこにもいない。
ちょうどクリストフが外行きの恰好をして家から出てきた。
「どこかへお出かけですか?」
「ああ、少しだけ私の別宅へ遊びに行こうかとおもってな」
彼が遊びに行くとは珍しい。だけど仕事ばかりして心配が多かったので、私としてはありがたい。
ずっと私の側にいては彼も疲れるだろうから、たまには一人になりたいのだろう。
「そうだったのですね。寂しいですが、お気を付けてください」
「何を言っておる。其方と一緒に行きたいのだ」
そう言った彼の後ろから荷物をまとめたリタが出てくる。どうやら私の身支度もすでに済んでいるようだった。
「でもこれから領地会議の……」
「それは私に任せて、たまには二人で遊んできなさい」
お父様に遮られ、どうやら私以外でもう決まっていたようだ。
何やら怪しいと思ったが、クリストフが私の手を握った。
「たまには夫婦で遠出をしよう。嫌か?」
「嫌ではありませんが……はあ……仕方ありませんね」
どういった理由か分からないがとりあえず彼と供に馬車へ乗るのだった。




