間話 交流戦⑧
一回戦を無事に勝ち抜き、次の試合までインターバルがある。その時間を利用して、医務室のベッドに横たわるランスロットの看病をしている。
「申し訳ございません。このような体たらくになってしまい……」
ランスロットは悔しそうだ。
血気盛んな騎士達の喧嘩を仲裁したら、ランスロットが怪我をしてしまった。
足に体重が乗り、右足が骨折してしまったのだ。
「いいのよ。あとで喧嘩していた領地に文句を言っておくから!」
あまり強く言うことはないが、しっかり監督するように圧は掛けようと思う。
流石に他領の問題にレオナルドは関与していないだろうが、不幸は続けてやってくると実感した。
「ソフィア様……勝てますでしょうか……」
「おい! 弱気になるんじゃね!」
レンはラビットに発破をかけた。
内気なラビットが不安そうな顔をする。レンもまた強がっているが自信がなさそうだ。
他の先輩騎士達に頼れないため、責任を重く感じてしまっているのだ。
「二人ともそんなに勝ちにこだわらなくても大丈夫ですよ」
二人ともきょとんとした顔をする。もちろん優勝を目指したいが、私の目的は騎士達にやる気を出させ、自信を持ってもらいたかっただけだ。
だからこそ、レオナルドの件がなければ私は出場するつもりはなかったのだ。
「負けても、私達にとってマイナスなことが起きるわけでもありません。それよりも二人にとっては、実戦経験を積める本当に良い機会だと思っております。だから後悔が無いように戦ってくださいませ」
二人は何やら深く考えているようだ。まだまだ顔に固さも残っているため、最後に言葉を付け足す。
「あと、勘違いしないで欲しいのですが、わたくしも出来れば勝ちたいです。貴方たちの大将はそこらへんの騎士よりも強いのですよ?」
一応はランスロットとの模擬戦で勝利しており、その様子も見られている。
彼らも見学はしていたはずで、そのことを思い出したようだ。
「貴方たちの尻拭いくらいできなくて、副団長なんて務まりません。だから負けた後の心配なんていりませんよ。ただし、適当な試合をした場合はわたくしも怒りますからね、いいですか!」
「はい!」
二人とも大きな返事をした。やっと緊張もほどよくほぐれたようで、あとは私が意地を見せるだけだ。本当は不安でも、部下達の前で弱気な姿を見せるわけにはいかないのだから。
次の試合が始まる。次はラビットを先鋒にして、中堅はレンだ。
二人で一勝でもしてくれたら、私への負担も減る。
神に祈りながら戦いを見守った。
「おりゃああ!」
ラビットは勢いよく駈けだしていく。
やる気は十分だ。だが相手の騎士は初戦よりも強く、簡単に三点を先取されてしまった。
うなだれながらラビットは戻ってくる。
「申し訳ございません……」
「ナイスファイト! まだまだこれからよ!」
力量差があるので仕方が無い。まだまだ次がある。
「よし、今度こそ勝つぞ!」
レンも勇ましくリングに上がった。初戦よりも動きが良く、相手に食らいついていた。
だがそれでも一点も取れずに負けてしまった。
悔しそうな顔でこちらへ戻ってきた。
「くそっ……」
私の顔を見ずに下がっていく。彼らが勝てないのは当然にしろ、こうやって負けたことを悔しがっているのは、勝ちたかったことの裏返しだ。
これから実戦を積めば彼らだって、他領の騎士に負けない人材に育つはずだ。
今回の試合で少しでも何か掴んでもらうため、私は負けるわけにはいかない。
「ふぅ……」
あとが無いため、私も緊張してきた。リングに上がると急に暑さが増した気がする。
大勢に見られると、急に体が重くなった。
……負けたらだめ、負けたらだめ。
二人にはあれだけ勇ましい言葉を投げたのに、自分が緊張してどうする。
私は模範でないといけないのだ。
「ソフィア様、頑張れ!」
私を応援する声が聞こえてくる。観客席を見ると学習塾の子供達が私を応援していた。
その他にも私の領地の人が大声で応援してくれていた。
無様な姿は見せられない。
「ソフィア様と対戦ですか……」
二人を負かした相手選手が戦いづらそうに苦笑いを浮かべていた。
「遠慮せず戦ってください。わたくしも選手ですので」
「そうなのですが……まあ、こちらも加減しますので怪我だけはありませんように」
完全に舐められている。侮っているのならチャンスのはずだが、今日ばかりはその言葉に少しだけ苛立ちがあった。
「では三戦目、開始!」
審判がコールをして、まずは様子見で留まった。
相手も同じく仕掛けずにこちらを窺っている。
「来ないのですか? ならこちらからいきますよ!」
こちらに近づいてきた。力強く踏み込まれ、剣を振り落としてくる。
まともに受けたら私の力では敵わない。距離を離そうとしたが、上手くステップが踏めず、完全に躱しきれない。
剣がぶつかり合って、後ろへと軽く吹き飛ばされた。
「くっ……」
自分では緊張していないつもりでも体はそうではないようだった。普段なら相手にならないはずなのに、私自身が萎縮しているのだ。
自分に気合いを入れて、今度は自分から攻め入る。
「はっ!」
「うぉっ!」
あちらもこちらの攻撃に驚いていた。先ほどよりも真剣な顔になり、ようやくただの女という侮りが消え去ったのだ。
問題は私の方だ。
――どうして決まらないの!?
あちらのお隙を突こうとしているのに全く決まらない。それどころか私の体力がどんどん削られていく。
「はぁはぁ……」
息が絶え絶えになってきて、肺が苦しい。その一瞬を突かれて、上から剣が振ってくるのに反応が遅れた。
慌てて剣を上げたが、相手はそれをフェイントにして私の胸へ一撃を当てた。
「二点!」
相手側の応援が沸き立つ。逆にこちらを応援している者達は心配そうなため息を吐いていた。
あれだけ強気な発言していたのに、自分の体たらくに情けなくなる。
「お、おい、空を見ろ!」
「えっ……うわあああ!」
急に騒がしくなってきた。何事かと思って私も空を見上げると、漆黒の竜がこちらへやってきていた。
急に現れた竜に会場がパニックになる。
だがあれは別に敵では無い。
私は皆を落ち着かせるため声を張り上げた。
「皆様! 落ち着いてください! あれはクリストフの愛馬です! 敵ではありません!」
私の声が届いたのかやっと騒ぎが収まった。
そして竜がこちらまで来ると、みんなもやっと私の言葉を信じてくれた。
それと同時に急に大きな安心感がやってきた。
彼が観る試合で無様な姿を晒したくないと強く思った。




