間話 交流戦⑦
時間も押し迫ってきたので、主催者たる私が皆の前で挨拶をする。
「本日は我が家主催の交流戦に参加頂きましてありがとう存じます。皆様のご協力のおかげで本日を迎えられました。今年は特に暗い事件が多かったですが、今日はぜひ熱い戦いで、暗い気持ちを吹き飛ばしてもらえたらと思います。最後に来賓の方々も紹介致します――」
王族達も今日は観に来ているため紹介していく。こちらも特に問題なく進行した。先ほど挨拶しに行ったときもそうだが、リオネスは私とは顔を合わせないようにしているように見えた。
「ではこの後、すぐに試合を行いますので、選手の皆さんは準備をしてください」
選手達は解散してそれぞれの控え室に戻っていく。
「ソフィア様!」
私も初戦から試合があるため戻ろうとしたが呼び止められた。
「レオナルド……よくわたくしの前に来れましたね」
「一体何のことですか?」
何も知らない風を装うが、このタイミングでこちらに不利益が起きるのはこの男が関与しているとしか思えない。
腹の底が熱くなっていき、それが表に出るのをどうにか堪えた。
「とぼけても無駄です。ですが安心してください。今回の勝負を無効になんてしません。貴方の妨害ごときで動揺する私ではありませんので」
あちらもそれだけが心配だったのだろう。さらに笑みを深めていた。
「ではまた三回戦でお会いしましょう」
レオナルドは私の横をすり抜けて去って行く。結局のところ私ではあの男を改心なんて出来ない。
あとはもう一つの方法を取るしかなさそうだ。
試合は一対一の戦いであり、勝ち抜き戦で進んでいく。定石としては大将は一番強い者を置いて、なるべく体力を最後まで残す。
特に私の大きな弱点は持久力であるため、なるべく力を温存しなければ、本当にレオナルドに負けてしまう。
「レン、怖じけず全力でいくんだぞ! ベアグルント家の騎士として恥ずかしくない戦いをしろ!」
ランスロットは気合いを込めて言い放った。
普段はなよなよしている印象の強いランスロットだが、部下には堂々とした姿を見せていた。
「はい! ソフィア様、俺に任せてください!」
レンも気合いが入ったようだ。技量は無くとも気持ちがあれば勝てる可能性だってある。
「期待してます。私に勝利をくださいませ」
微笑みかけると照れたように顔を背けられた。ラビットはおちょくるようにレンの横腹を突いた。
「おい、レン。何照れてるんだよ」
「うっせ!」
年下であるレンはウブな部分がまだ残っているようで可愛らしい。
あまりに負担を感じてもらったら困るので、このくらい余裕があった方がいいだろう。
「では試合を始めますので、先鋒はリングまでお越しください」
アナウンスも流れたので、レンを送り出した。私達は後ろで見守る。
相手は西の中領地バーナード領の騎士だ。
騎士の練度はうちよりも低いため、私とランスロットなら問題なく突破できるだろう。
装備は全員が兜、胸当て、すね当てを付ける。レンもまたそれを身につけていた。
リングに上がったレンは浮き足立っており、まだまだ緊張が取れていない。
「大丈夫かしら……」
無理強いしてしまったこともあり、怪我無く終われば一番だ。
神に祈りながら時間を待つ。審判が旗を振って開始の合図をした。
「おりゃあ!」
レンは勢いよく駈けだしていく。気合いは十分だ。
だが動きに固さが出ていた。
相手も緊張しているようだが、レンの動きはそれ以上だ。
「ふんっ!」
相手は軽くいなしてレンの胸に木刀を打ち付けた。
「二点!」
簡単に打ち込まれた。今回は三点先取したら終わりだ。防具がある頭を当てれば三点入り一本で終わる。胸なら二点入るので、もう一本どこかの部位を当てれば終わり。
すねだと一点のため、すねをもう二回当てるか、それとも他の部位を一回当てないといけない。
「くそっ!」
レンはすぐさま気を取り直して距離を空けた。しかし相手もこちらの余裕を無くすため、すぐに距離を詰めて鋭い剣さばきでレンを追い詰める。
「やっ、はっ! ……がっ!」
やはり実力差が出てしまい、最後には頭を完全に打ち抜かれた。
「それまで! バーナード領の勝利! 勝った方はそのまま連戦となり、負けた方は次の選手を出してください!」
レンはうなだれながら戻ってきた。経験を積んだ騎士相手だったので仕方ないが、やはり本人も勝ちたかったのだろう。
なんて声かけようかと悩んでいたら、ランスロットが歩き出した。
「いい試合だったよ。あとは任せろ」
「は、はい!」
レンの肩を叩いて健闘を称えた。普段とは違いランスロットの背中が広く感じるのは気のせいだろうか。相手はまだまだ余裕そうだが、ランスロットを見て顔を引き締めていた。
お互いに定位置について待つ。
「では二戦目、開始!」
今度はあちらか動いた。木刀を振り上げて全力で向かってくる。
先ほどよりも固さが取れているため、素早い動きで先手を取ろうとする。
「はっ――!」
ランスロットは気合いを入れ、息を吐き出した。
相手の攻撃を待ち、相手の剣を弾く、そして二手目で横から剣を振り、相手の剣が手から離れた。
「なっ……!」
無防備になった相手はどうすることもできず、ランスロットは剣を頭にコツンとぶつけた。
「それまで! ベアグルント領の勝利!」
審判の旗が揚がると、観客席は一際大きくザワついた。
「すげえな。やはりランスロット殿は別格だな」
「貴族院時代では試合で一回も負けたことないらしいな」
「きゃっ――! ランスロット様! かっこいい!」
色々な声が飛び交う。それほどまでランスロットの一戦は見事だった。
ランスロットは振り返って腕を上げて勝利を知らせる。
見事、レンの仇をとったのだ。
「ランスロットが格好よく見えます……普段からああいう風にしてくれると助かるのですが……」
いわゆるギャップで普段以上によく見えてしまっている。
普段のなよなよした雰囲気からどうやってモテているのか分かった気がする。
続く試合もそのまま三連勝でランスロット一人で勝ち残った。
私の出る幕は無く、ランスロットもまだまだ体力が残っているようだ。
「見直しました! すごく格好よかったですよ!」
「そうですか? お嬢様にそう思われて良かったです」
普段から謙虚であるせいか、勝っても一喜一憂しないのは良いことだ。
これなら本当に問題なく勝ち進められそうだった。
「てめえ、さっきから何を言ってやがる!」
「お前こそ、その口の利き方に気をつけろ!」
ふと、争う声が聞こえた。通路で他領の騎士がお互いに胸ぐらを掴んで争っているのだ。
ただそれは二人とかではなく、複数人で争っているのだった。
「揉めてますね。試合前で興奮してしまうとよくありますので、仲裁してきます」
「待って!」
ランスロットは、任せておけ、と言わんばかり私の制止を振り切った。
「君達! 喧嘩はやめてください!」
「うるせえ!」
ランスロットは止めに入ると、相手は興奮してランスロットを吹き飛ばした。
「いてて……」
「危ない!」
「えっ……」
さらに他の相手が吹き飛ばした相手が、ランスロットの上にぶつかっていった。
「ランスロット!」
いまだに喧嘩をやめない男達に怒りが込み上がってきた。
「お前達、誰の領地で暴れるか! ソフィア・ベアグルントの言葉も聞けない愚か者はそこになおれ!」
いつも以上に腹から低い声を出したら、やっと男達はこちらに気付いた。
「そ、ソフィア様!? も、申し訳ございません!」
一斉に頭を下げて、喧嘩を中止した。だがそれよりもランスロットが心配だ。
駆け寄ってみると、ランスロットは体をうずめて痛みに耐えているようだった。
「ランスロット! 大丈夫ですか! 誰か担架を持ってきなさい!」
喧嘩していた男達に命令して、ランスロットを医者へと連れて行くのだった。




