間話 交流戦③
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ベアグルント家は代々この国を守ってきた騎士の一族だ。領地も広大でたんまりお金を持っている。
さらに跡継ぎは女しかいないため、婿入りすればその家を好き勝手使えるためお金に困らなくなる。
しかしこれまで障害があった。王太子と婚約されていたため諦めていた。
だがあろうことかソフィアという馬鹿娘は別の男へ鞍替えをした。
それはすなわち、隙があることに他ならなかった。
「くそ……まだ痛い……」
帰りの馬車の中で、氷であごを冷やす。
せっかくベアグルント家主催のパーティーが開かれたため、ハークベル家の長男たる私が出席して、あの娘を虜にしようとしたが失敗した。
「くそっ……途中までは上手くいきそうだったのに、どうして媚薬が効かなかったんだ!」
薬入りのワインを入れて飲んだのに、全く反応が無かったのだ。普通なら目の前に男がいれば、誰彼構わず欲情するはずなのに。イライラする。いつもの私ならもっと時間を掛けて落とそうと考えただろう。しかしあの娘に近づける機会はそこまで多くはない。私の家は成り上がりで貴族になったとはいえ、歴史が浅いせいでまだまだコネがないのだ。
だから手っ取り早く体の関係を結ばせて籠絡したかった。
「まあ、あんな世間知らずそうな女ならいくらでも方法はある」
高級宿を借りたので、そこに今日は宿泊する。
貴族である私を接待するため、オーナーが直々に案内しようとした。
「これは、これはレオナルド様! 本日はお越しくださりありがとうございます!」
「挨拶はいい。それよりも金はたくさん出したんだ。しっかり用意したんだろうな?」
「もちろんでございます。美女を複数人呼んでおりますので、好きな娘をお選びください」
オーナーの言葉に「楽しみにしてやる」と部屋へと上がった。
普段は選ばないほんのり薄い赤髪の娘を指名した。
平民にしてはマシである程度の美貌だが、どうしてもソフィアの顔が忘れられない。やはりパーティーで見たソフィアは国一番の美女だと納得できた。まだ幼さが残る顔つきだが、体の比率は男を誘っているとしか思えないほど抜群だ。
「はぁはぁ……んぐっ!」
今抱いている娘とは雲泥の差があるとはいえ、代替品として欲望のはけ口にするにはちょうど良かった。早く自分の物にしたいという欲望が、さらに己の中で高まった。
「もっと良い声を出せ」
俺の命令通り色っぽい声を出す。たまらずフィニッシュを迎えようとしたときに、部屋をノックする音が聞こえた。
「レオナルド様、お客様が会いたいと言っております……」
……こんな時に誰だ!
せっかく気持ちよくなっていたのに、水を差された。だが次の言葉で不快な感情が吹き飛んだ。
「レオナルド様、命令通り写真を撮っておきましたので報告で参りました」
女の声が聞こえた。俺はあることを依頼していたことを思い出した。
すぐに服を着直し、部屋の外へと出た。
そこには茶色いローブを着て顔を隠している女が立っていた。
「しっかり撮れたんだろうな?」
「はい。これでよろしいのですよね?」
女は一枚の写真を見せてきた。それは先ほどのソフィアに近づいた時の一瞬だ。
角度から見れば、キスをしているようにも見える。
これがあればいくらでも脅すことが出来る。
「よくやった……まさかあの娘もメイドが買収されているなんて気づきもせんだろう」
あまりスマートな方法では無いが、最初の作戦が失敗したのならもっと確実な方法を取るべきだ。
「あとで好きな額を払ってやる。たしか名前はリタ……であったな?」
無愛想な女は頷いた。あの女も人望が無い。ずっと仕えていた侍従も大金の前にはすぐに乗り換えるのだ。
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交流戦が近いこともあり、連日のパーティーでへとへとだ。
それにパーティー自体にお金が掛かるため、今回の交流戦は盛り上げないと赤字で終わってしまう。
しかし交流戦が行われたら元は取れるだろう。
「お疲れが見えますわね」
ブリジットがカップを皿に置いて心配そうな顔をする。今日は休暇で彼女の家に遊びに来ていた。
「すこしだけ……面倒な人に付きまとわれましてね」
ハークベル家のたらし男が、先日のパーティーで懲りず、他のパーティーでも誘ってくるのだ。
私が未婚ならいざ知らず、旦那もいる状況で不倫を唆してくるのは本当に不快だった。
「手紙で言っていたハークベル家の方でしょ? 嫌ですわね、成り上がりで調子に乗っている方というのは。いっそのこと、騎士を送り込んで併合してしまうほうがよろしいのではありませんか?」
「流石にそれは出来ませんよ……」
と、答えたが、最悪のパターンではそれも考慮しないといけない。おそらくあちらの狙いは、公爵家と関係を持って一気に地位を上げたいとかだろう。
「私ってそんなに軽い女に見られているのですかね」
たしかに王太子との別れは急だったかもしれないが、理由があってのこと。
その理由を公開していないため誰も知らないが、やはりそこを隙だと思われてしまっているのだろう。
「何を弱気になっていますか。それよりも変な噂をどうにかしなさい」
「噂ですか?」
「知りませんの? 貴女たち夫婦の不仲説よ。猊下が貴女を束縛したり、貴女が別の男性に色目を使っているとか」
それって、絶対にレオナルドの仕業であろう。
最近はお互いに忙しいためデートに行く回数も減っているが、それでも朝食は必ずと言っていいほど一緒に食べる。
たまに勤務先まで食事を持っていくことだってある。知る人が聞けばすぐに嘘だと分かるはずだ。
「余裕そうな顔をしていますが、猊下は人気者ですのよ? うかうかしていると他の女性に奪われますわよ」
「それは分かっていますが……」
「だから今日はソフィアさんにプレゼントを用意しましたの」
彼女は使用人に綺麗に包装された箱を持ってこさせた。
「わたくしの領地はお菓子事業に力を入れておりますの。この媚薬入りチョコを夫婦で食べたらもっと仲良くなりますよ」
「へえ……え? 媚薬? チョコ?」
そんな物でどうしろというのだ。彼女の好意から来るプレゼントなので断りづらい。
「早く変な噂なんて無くして、交流戦に集中しなさい。今年はグロールング家が優勝をしたときに、貴女たちの領地が不調だったなんて言い訳は困りますもの」
「ブリジットさん……」
照れ隠すように顔をそっぽ向かれた。おそらく今年の交流戦で一番の強敵は彼女の領地であろう。
やはり我が家も国一番の騎士という自覚はあるため、無様な試合は見せられない。
早くこの問題は解決しないといけないだろう。
さて、気持ちは嬉しいが、この媚薬入りチョコはどうしようか。
また一つ悩みが出来てしまった気がする。




