異端審問③
異端審問も無事に終わったと思った瞬間に待ったがかかった。
リオネスが怒り心頭で詰め寄ってくる。
だがそれを神官達が必死に抑え込んだ。
「離せ! ヒューゴ司祭も前に聞いただろ! 自分で魔女だと自白したところを!」
――せっかく丸く収まるところだったのに余計なことをしないで!
セリーヌが証言したのだから誰も疑わないはずだと思いたい。
だが一部の神官達が狼狽えていた。おそらくはあの時の現場に居たのだろう。
ここでヒューゴがどう出るのか不安で仕方が無い。だが答えたのはセリーヌの方だった。
「リオネス殿下、わたくしはその時にセラフィン元大司教によって捕まっていましたの。その時の事を聞いていなかったのですが、どういうことでしょうか」
まずい……まさかセリーヌがそちらに耳を傾けるとは考えていなかった。
リオネスも話を聞いてもらえる、と笑いそうな顔になる。
リオネスの指が私へ向いた。
「その者はしっかりと自白したのです! 自身は魔女で、クリストフ司祭を操ったと!」
傍聴席にいる他の者達はひそひそとする。神官達にもどんどん緊張が走っていき、私へ警戒の目を向けた。セリーヌの言葉次第で私の処遇が変わる。
「ヒューゴ、どうして連行する時に、無関係のリオネス殿下がおられたのですか?」
セリーヌの問い先がヒューゴに変わる。ヒューゴの視線が私を向いて、そしてリオネスへと周り、またセリーヌへと戻った。
「セラフィン元大司教が彼を唆していましたので、それに便乗させていただきました。なかなかクリストフ司祭が手放さないので、てっとり早く――」
パンっと大きな音が鳴った。一瞬だけ静寂に戻った。誰もが彼女がそれをするとは思わなかったからだ。
今の音はセリーヌがヒューゴの頬を叩いたからだった。
「わたくしが命令していないのに勝手なことをしないでください」
ヒューゴは赤くなった頬をそのままにして頭を下げる。
「申し訳ございません」
謝った直後に、セリーヌからさらに事の顛末を聞かれ、あの日あったことを全部つまびらかになる。
彼は次に私にも向き直って再度頭を下げる。
「ソフィア様にも大変失礼なことをしました」
「は、はい……」
状況に付いていけず、そんな気の抜けた返事しかできなかった。
「申し訳ございません、リオネス殿下。今回、裏で糸を引いていたのはセラフィン元大司教だったため、その証言は無効とします」
味方になると思っていたセリーヌが私を擁護しようしたため、リオネスは途端に慌てだした。
「そ、そんな! しかし自身で認めて――」
「大事な方を人質に取られてしまったらそう証言するしかありません」
「ですが、きっとクリストフ司祭がインチキを――」
それでもリオネスは引き下がろうとしない。だがセリーヌは有無を言わせない雰囲気を漂わせたことで押し黙った。
「これ以上は私の判定に不服と申し出たいということでよろしいでしょうか」
セリーヌの地位は彼の国の中で特殊な位置づけになっており、王族とはいえ小国の王子ごときが意見をしていい相手ではなかった。
それを分かっているからこそ、リオネスは悔しそうに唇を噛んでいた。
「……いいえ」
苦々しい顔でそう呟いた。セリーヌは元のふんわりとした優しい顔に戻って全体を見渡した。
「では本日の異端審問はこれまでに致します。ソフィア様、本日は虚偽の噂とはいえお呼び出しをしてしまい申し訳ございません」
「そんなことはありませんよ。おかげさまで身の潔白を証明できて良かったです」
再度礼をした。長くも短い時間が過ぎ去って、これで私は自由だ。
本当にクリストフのおかげで乗り越えられた。これで今後は、魔女の疑いをかけられても呼び出しを無視できる。
早く彼に会いたい。
「ではソフィア様、私が最後までお見送り致します」
アベルが促してくれたので従う。後ろからいまだに視線を感じるのは、おそらくリオネスだろう。
セリーヌが宣言してくれたおかげで、すぐにこの噂も終息するはずだ。
なるべく堂々としたまま大聖堂を出ると、馬車の前で腕を組んで待っていてくれた彼が見えた。
あちらもこちらを視認して駆け寄ってきた。
「ソフィー! 大丈夫だったんだな?」
「はい……クリスのおかげです」
「よかった……もちろん大丈夫だと確信していたが、其方の顔が見えてやっと安心した」
そう言って彼は抱きしめてくれた。私も抱きしめ返そうとしたが、アベルの声が聞こえてくる。
「おーい。大聖堂の前でいちゃつくな。早く帰れっての」
アベルは手で、しっしっ、と振る。するとクリストフも腕をほどいた。
「ごほん……そうだな。アベル、世話になったな。私は一度帰るが、大司教の追跡はお前に任せる」
「俺だけ働けってか! ……はいはい、分かったよ。そうすれば魔女なんてものがなくなるんだろ? ったく、俺だって新婚だっていうのに!」
「今度、お礼を持っていく」
アベルは悪態を吐きながらも、軽やかな足取りで大聖堂へと手を後ろに振りながら戻っていく。
「では俺たちも帰ろう」
「うん」
彼の腕にしがみついて一緒に歩く。まだガハリエが生きている限りは終わりではないが、一段落は着いただろう。
リタも生きているし、私も魔女だとまだ認定されたわけでもない。
そして組織もガハリエの存在がバレたことで、未来のように好き勝手もできないはずだ。
だけど彼が側に居てくれることが、死に戻りして一番良かったことかもしれない。
「ねえ……クリス?」
「どうしたのだ?」
「私のためにこれまでありがとうね」
彼のおかげで私の未来にもまだ希望が持てる。
すると彼は照れくさそうな顔をした。
「妻のために頑張るのは当たり前のことだ。何があっても俺を呼べば全て解決してみせる」
彼は言葉通りいつでも守ってくれた。未来では独りだった私はやっと幸せを掴めるのだ。
ずっと彼の顔を見つめていたら、彼は不思議そうな顔をする。
「何か言いたそうだな」
「うん。愛しています」
自分のできる一番の笑顔を向けた。すると彼も同じく笑顔だった。
「……俺もだ」
ずっと腕を組んで歩くだけで幸せな気持ちになる。
今日は家でパーティの準備を団員達に任せてきたので、早く家に帰って騒ぎたい。
これからきっと楽しい毎日に違いない。




